「例年以上に自信」原監督の発言からも滲む今年の青学の強さ

実は名古屋・熱田神宮から伊勢神宮へと向かう全日本は青学大にとって〝鬼門〟ともいえる大会だった。V候補に挙げられた15年は東洋大に優勝をさらわれて、悔しい過去最高順位(2位)。翌16年は初優勝に輝いたが、最終8区で一色恭志(現・GMOアスリーツ)が早大との49秒差を大逆転しての歓喜だった。昨年11区の出遅れが響き、一度もトップに立つことなく、3位に沈んでいる。

それが今年の伊勢路はこれまでと様子が異なる。2年ぶり2度目の優勝は勝ち方が半端なかった。青学大は11km前後のショート区間が並ぶ1~4区を終えて、トップの東海大と26秒差の2位につけると、5区から反撃開始。日本インカレの10000mと5000mで日本人トップに輝いた5区吉田祐也(3年)と6区吉田圭太(2年)の連続区間賞で、東海大に詰め寄る。そして原晋監督がポイントに挙げていた7区で勝負を決めた。

全日本は今回から1~7区の距離がリニューアル。7区は従来から5.7kmも延長した17.6kmの長丁場だ。青学大・森田歩希(4年)が11秒前を行く東海大に3km手前で追いつくと、残り10kmを切って一気に突き放す。東海大から1分58秒ものアドバンテージを奪い取り、最終8区にタスキを渡した。3強の混戦も予想されたが、終わってみれば、青学大が2位の東海大に2分20秒、3位の東洋大に2分46秒という大差をつけた。

今年の青学大は本当に強い。出雲は1区橋詰大慧(4年)、2区鈴木塁人(3年)の連続区間賞で先制攻撃。終盤は東洋大に追い込まれたとはいえ、他校に影すら踏ませなかった。そして全日本は狙い通りの逆転V。残すは正月の箱根駅伝で、青学大が最も得意とする大会だ。

今年のチームには前回のVメンバー7人が残っている。1区鈴木(区間5位)、2区森田(区間1位タイ)、4区梶谷瑠哉(区間9位)、5区竹石尚人(区間5位)、6区小野田勇次(区間1位)、7区林奎介(区間1位/区間新)、10区橋間貴弥(区間2位)。そこに今季5000mで日本人学生トップの13分37秒75をマークしている橋詰、全日本区間賞のダブル吉田、出雲4区区間2位の生方敦也(3年)、世田谷246ハーフマラソンで学生トップ(1時間3分13秒)の岩見秀哉(2年)らが加わり、総合力は高い。さらに過去の経験とデータを活用した「調整力」もずば抜けている。

原監督も、「全日本では新戦力の台頭もあり、選手層の厚さが出た大会になりました。箱根駅伝に向けては、青山メソッド、勝利の方程式が確立されていますので、1月2日・3日に合わせて粛々淡々と取り組んでいくだけです。例年以上に自信はありますよ。山上り、山下りもいますし、主力はちゃんと故障なく来ている。ノロウィルスやインフルエンザなどで自滅しない限り、光は見えてきたかな。高確率で狙えるんじゃないでしょうか」と豪語するほど。箱根駅伝の5連覇、史上初となる2度目の〝駅伝3冠〟に向けて、ライバルは見当たらない。

それどころか、今季の2・3年生の成長を考えると、来季の青学大も強いチームになりそうな予感が漂っている。選手が4年間で卒業していく大学スポーツで、長期にわたり黄金時代を築くのは至難の業だ。その中でも大学スポーツで最も注目を集める「箱根駅伝」で勝ち続けることは、本格強化している大学の数が増えていることを考えると、さらに難易度が高くなる。

「仕入れが8割」の駅伝で優位に立つ、青学ブランド

なぜ青学大は強いのか。その理由を探ってみたい。

まずはハード面。原監督就任時はトラック設備がなく、近隣の競技場まで出かけてスピード練習をしていたが、現在は学校内に400mのオールウエザートラックとクロカンコースも整備されている。素晴らしい環境といえるが、同程度の設備を持つ大学は珍しくない。では、選手のリクルーティングはどうか。

青学大が急激に強くなった背景には、大学ブランドを生かしたスカウティングの成功が大きい。箱根常連校のある指揮官は「仕入れが8割ですよ」とこぼすほど、選手勧誘と箱根駅伝の結果は連動する部分が大きい。

専門誌の『月刊陸上競技』は2010年度から関東学連加盟の有力大学に入部する新入生の5000mベスト記録を調査。上位5名の平均タイムを算出して、「新人力ランキング」をつけている。青学大は2010年が8位、2011年が9位だったが、箱根駅伝で2年連続のシード権獲得を見届けた世代(神野大地、久保田和真、小椋裕介ら)のスカウティングに大成功。それが2012年の1位(14分10秒14)になる。「最強世代」のマンパワーを最大限に活用して、彼らが3・4年時に箱根駅伝で連覇を成し遂げた。以後、2013年が2位(14分11秒56)、2014年が5位(14分16秒69)と推移。現在の1~4年生世代は以下の通りだ。

トレーニング云々よりもマネジメント

今年(1年生世代)は7位(14分20秒13)ともうひとつだったが、青学大には毎年のように好選手が入学している。ただし、「ひとり勝ち」といえるほどの状態ではない。東海大、明大、東洋大、駒大も近いレベルの選手が入学しているが、近年の学生駅伝は青学大が〝主役〟を張ってきた。

筆者は原監督の、「強い選手を入れることを目標にしているわけではなく、入学後に活躍できる選手を入れたい」という言葉が胸に響いている。勧誘の視点も他の指揮官と少し違うようだ。原監督は、箱根駅伝に初優勝したとき以下のように語っている。

「陸上の指導もビジネスに当てはめただけですよ。中身が違えども、やり方は共通する部分があると思います。人として、男として、自立させる。それが私の指導理念です。少しずつ積み上げることができれば、1年ごとにベースアップします。その集大成が箱根駅伝の優勝につながると思っていました。青学大は大きなブレーキがあまりない。これも日頃の目標管理を徹底していることの成果だと思います。監督が言うから走るではダメなんです。本質を追求する力を大切にしてきました」

原監督は競技を引退後、中国電力の社員として、10年間のビジネスマン生活を過ごしている。そのとき培った〝手法〟を使ってチーム作りを進めてきた。初年度からビジネスマン時代の習慣だった「目標管理シート」を活用。1年間の目標はもちろん、1か月ごとの目標、それから週の目標などをA4用紙に書き込ませて、6人ほどのグループミーティングで進捗状況などをチェックさせてきた。日頃から目標を明確化することで、「管理の徹底」を積み重ねてきたのだ。

当初は順調ではなかったものの、就任5年目の予選会を突破。33年ぶりに箱根出場を果たすと、翌年の第86回大会(10年)では8位でゴールして、41年ぶりにシード権を獲得した。その後は大学ブランドもあり、徐々に全国トップクラスの選手が入学するようになる。箱根を連覇したときは、「山の神」と呼ばれた神野大地の存在が大きかった。当時の5区は最長区間で、神野ひとりで5分ほどのアドバンテージを稼いでいたからだ。しかし、その後2回の優勝は、絶対エースの力ではなく、総合力でつかんだものだった。

そして、今年の青学大は選手から、「過去5年間で最も高いチーム組織、レベルです」という声が聞こえてくるほどチームは仕上がっている。以前、原監督は、「トレーニングうんぬんよりもマネジメントですよ」という話をしていたが、強固な〝組織力〟こそが、青学大の強さになっている。

学生たちが自ら考えて行動できる、大学スポーツの原点

原監督はテレビ出演、講演などに引っ張りだこで、多忙な日々を過ごす。以前よりも選手を直接指導する機会は少なくなっているはずだが、反対にチームの成熟度は高まっている。指揮官が不在でも、選手たちはやるべきことをやっているわけで、それこそが原監督が理想とするチーム像なのだ。

「2年前の駅伝3冠までは試行錯誤してきましたが、私自身に余裕が出てきましたし、学生たちもやるべきことのベースが高くなっています。当初は私が前に出てガチャガチャ言っていましたが、今はグーッと引いて、学生たちが自ら考えて行動できる仕組みができた。これが大学スポーツの原点だと思いますよ」(原監督)

現在の2~4年生で1年時から箱根を走った選手は小野田しかいない。それでも、原監督の言葉通り、選手たちは1年ごとに成長を重ねて、3~4年時には学生トップレベルに到達していく。だからこそ、青学大の戦力は落ちることなく、その未来も明るい。

その中で、唯一の弱点が大学卒業後の伸び率だ。青学大は現役・OBを含めて、オリンピックや世界選手権に出場したランナーはまだ出ていない。青学大OBは2020年東京五輪で活躍できるのか。世界大会でメダルをもたらすことができるのか。「箱根から世界へ」を実現したとき、世の中が原監督に求めるミッションをコンプリートするような気がしている。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。