大学スポーツで起こる”タコツボ化”

ーまず、佐藤さんが筑波大のスポーツアドミニストレーターに就任するに至った経緯を教えてください

「私は子供版のアメリカンフットボールといえる『フラッグフットボール』の日本法人設立から事業化、小学校の体育への導入などに携わっていました。スポーツ庁ができる前、当時の文部科学省や筑波大と共同で活動し、2011年には小学校の学習指導要領にも盛り込まれるなど土台ができたタイミングで、ちょうど筑波大のアスレチックデパートメントの立ち上げがあり、指名していただいたという流れです。大学スポーツは全くやったことがない分野だったので何のしがらみもなく、一方で筑波大とともに事業を推し進め、文科省、スポーツ庁にかかわる仕事もしていたということで選んでいただきました」

ー筑波大のアスレチックデパートメントで、佐藤さんはどのような役割を担っているのでしょう

「スポーツアドミニストレーターは今、学内に2人います。ひとりは山田晋三さん。関西学院大のアメリカンフットボール部や学生日本代表でキャプテンを務め、その後は日本選手で初めてアメリカプロリーグ(XFL)にも参戦した、本当に大学スポーツの現場を知り尽くした方です。そういう関係から、フィールドに関しては山田さんが管理し、私は広報、マネジメントや企業、メディア、部活外の学生も含めた渉外活動の責任者をしているという形です。大学スポーツの中にいる人たちは山田さん、外にいる人たちは私という感じでしょうか」

ーアスレチックデパートメントでは、どのようなアプローチを取っているのでしょう

「まず、前提として筑波大には46の部活があります。そのうち、推薦枠があったりする強化指定部が16ほどです。今現在、テレビをつけていただければ、日本の大学スポーツの非健全な姿がかなり露出されていると思います。今年4月、われわれがアスレチックデパートメントを立ち上げたタイミングでは偶然、日大のタックルの問題もありました。隣の部のことも、よく分からない。バスケットボール部でうまくいったことがバレーボール部に伝えられない。それだけ大学スポーツで、いろいろな“タコツボ化”があるということです」

不正がなくなると、困る人がいる

ー原因はどのようなものなのでしょうか?

「根っこの部分から向き合うと、部活動があくまで課外活動であり、大学の正式な教育活動にはなっていないというところではないでしょうか。大学の公認を受けているけれど、会計帳簿も人事も大学とは別。大学の職員も、誰がコーチで、誰がトレーナーをやっているかすら分かっていない。部活の中で、どういう活動をしているか、何が起きているのかが全然分からないのです。筑波大がやろうとしているファーストアプローチは、従来の課外活動を大学の資産に置き換えるということです。もう一度、部活を大学の資産に戻そうというのが本題です」

ーまさに根本的な部分です。

「アメリカではほとんどの大学でそうなっています。しかし、日本の関係者に聞くと『それは無理』『自治を残してほしい』という声が上がります。何も、自治をなくそうと言っているのではないのです。日大の問題も、誰が責任者なのか全く分からない状況になっていましたが、大学が取らなければならない責任をしっかりと取るということに過ぎません。課外活動であるから、パワハラとか使途不明金だとかの問題が起こる。課外活動を正式な大学のプログラムに移行しようというのが、筑波大のアスレチックデパートメントが一番に狙っているところです。逆に、これができると、ほとんどの問題が実は解決すると思っています」

ー大学の看板を背負っているはずが、その意識がない。

「ほとんど、大学が部活にかかわってこなかった。それが日本の姿です。それでうまくいくこともたくさんあったのでしょう。ただ、それによって大学スポーツの価値が上がらなかったというのも事実。“闇”に手を入れるような作業ですが、これを本気でやっているのが筑波大です」

ーまず、どのような“改革”を行っているのでしょう?

「まずは3つの部活(野球、男女ハンドボール)で会計を統合して、部費をいったん大学でまとめて、大学から全部支出をする形にしました。2019年には、男女バレー部も統合する予定です。ひどい大学だと監督の個人口座に会費を入金したり、会費を管理しているのが監督の奥さんだったりします。アスレチックデパートメントが何に支出したかを管理していれば、逆に”何に困っている”かもアスレチックデパートメントが把握し、そのうえで支援を行うことができます」

ー不正もなくなり、プラスの面が多いはずです。

「でも、それをやると困るという人がいるんですよ。世の中にたくさん」

大学をブランディングするのはとても難しい

ーなるほど。では、5つの部から始めたことには理由があるのでしょうか

「全部同時に仕組みをつくると、すごく時間がかかってしまいます。最初に手を挙げてもらって、モデルができたら、それを増やしていこうと。会社の立ち上げと同じです。ソニーでもアップルでも、最初は2人の会社じゃないですか。まず形にして、どんどん大きくしていく。会社の経営では当たり前のことですが、大学では『46全ての部で平等にやらないと認めない』という人もいるわけです。そんな大学の中での意識の違いを乗り越えて、まずは5つの部で本来のあるべき形をつくりました」

ー佐藤さんが考える大学スポーツのあり方や理想が見えてきます

「大学スポーツって何のためにやるのか、ということに、僕らはかなりの長い時間向き合いました。大学は教育機関ですから、学生が成長して社会に飛び出していくためにスポーツをやるわけです。今、日本の大学スポーツは、その出発点さえ忘れてしまっています。『プロに最低1人でも出すためにやっているんだ』という指導者も、たくさんいます。それでは、プロに行けない残りの人は関係なくなってしまう。一つの就職先としてプロをチョイスする人もいれば、その経験を資産にして社会に出ていく人もいる。人材形成の場という大前提がしっかりと定義されていれば、健全じゃなくていいわけがないのです。だからこそ、大学スポーツの“右半身”を価値の最大化とするなら“左半身”は必ず健全化だと考えています。健全化と人材育成。その循環をぐるぐるとやっていって、大学スポーツを資産化していこうというのが今回の動きですね」

ースポーツは大学のブランド構築における重要なツールにもなり得ます

「そうです。例えば、青山学院大の知名度を高めている一つの要素が駅伝です。斎藤佑樹投手(現日本ハム)がいた頃、早稲田大といえば彼の名前が早い段階で挙がっていたでしょう。そういう意味では、スポーツは大学のブランド自体を支えるものであるはずです。一方で、日本の大学に入って体育会系でスポーツをする学生の割合は全学生の数%です。いつ、どこで、どんな試合があるのか、どこで練習しているのかも、一般の学生はよく知らない。お金を稼ぐということではなく、大学の一つの資産として、大学のコミュニティーの一体化につなげたり、学部間の連携のツールにしたり、スポーツでしかできない最大化の方法ってあると思うんです」

ーそれを発信し、実現していくためのアスレチックデパートメント

「筑波大において、アスレチックデパートメントの設立で急激に変わったのは、大学の部局と部側が選手を含めて一体になった点です。例えば『アスレチックデパートメントの件で取材に行くからね』と部側に伝えると、今は練習をストップしてでも対応してくれます。これが課外活動という認識のままだったら、『取材? お前は誰や』くらいな感じじゃないでしょうか。大学の価値を上げよう、大学スポーツをより良くしようという意味で、今は部とアスレチックデパートメントが仲間同士になってきています。そういう枠組みができていない状態で、大学をブランディングしていくのは相当に難しいと思いますよ」

ー今までは同じ大学内にありながら協力関係になかった

「大学スポーツが、大学のほうを向いて活動していなかったのが現実ですね。大学はOB会、連盟の次に考えられるくらいで、敵対とは言わないまでも、たまたま同じ大学というレベルの活動になってしまっているんですよね」

ーそれこそ企業だったら異常な状態です

「そうですね。同じソニーの名前で活動しながら別会計で、決算の連結もない。人事は、その会社のOBが決める。それでは駄目ですよね。大学には基本的にビジネスマンはいないので『面倒くさそうところには、かかわらないでおこう』という姿勢が、こういう形をつくってしまっている。1つ目のボタンを掛け違えて、長い時間を積み上げてしまったということだと思います」

スポーツの持つ力は大きい

ー今後のアプローチは

「ひとつ分かりやすい例がWEBサイトです。これまでは、46の部活がそれぞれバラバラに46のサイトを作成し、運営していました。大体、控え選手がやっていたりするのですが、控え選手はサイトをつくるためにその部に入ったわけではないので、技術的なレベルも低いし、やる気もない。ただ、筑波大には情報学群があるんです。落合陽一さんが准教授を務めているところです。そこの学生からすると、サイトの作成なんて朝飯前。その情報学群の学生が、アスレチックデパートメントのサイトとか動画をつくるということを始めています。極端な話、これまで情報の学生は筑波大にサッカー部があることさえ知らなかったりするんです。初めて情報の学生と体育の学生が一緒になって、SNSでやり取りしたりしている。最近は、ちょっと私が別の仕事で出ていても彼らだけで連動しているんです」

ースポーツを媒介にして大学が一体化し、人材育成にもつながっているということですね

「筑波大には、芸術専門学群もあります。アメリカでは、ノートルダム大のチームが『ファイティングアイリッシュ』というニックネームを持っていたりと各大学チームに愛称があるのですが、芸術の学生にチームのニックネームとか、マスコットとかを考えてもらい、それを授業にしたりもしています。アスレチックデパートメントの授業もやっていいて、落合陽一さんとスポーツについて語り合う授業は、かなりバズりました。将来はスポーツアドミニストレーターになりたい、という学生も出てきています」

ーそういう意味でもスポーツの持つ力は大きいですね

「情報、芸術、体育、それぞれの学生が集まり、連携している。いつでも、情報の学生がビデオカメラを入れているので、部活の側が見られているっていう意識も出てくるんですね。見られていると、自然と変な問題もなくなってくる。まさに、価値の最大化が健全化にもつながる好例です。健全化と最大化。必ずこれは一体になっているのです。先ほどお話しした会計の統合を含めて、そういったところが第1段階で始まったというところです」

ー大学内の関係性も変わってきます

「(ホワイトボードに組織図を書きながら)今、筑波大では監督、アシスタントコーチ、トレーナーとアスレチックデパートメントが直接契約しています。監督も学生も横並びです。この形だから一体になれるんですね。監督の下にコーチ、トレーナーがいて、その下に学生がいる。この形が一番まずいのですが、ほとんどがこの形ではないでしょうか。また、筑波大では、ADがそれぞれと会議をやっています。合同でやると選手が遠慮して監督しかしゃべらなかったりするものですが、個別にやれば、言いづらいことも選手から私たちに遠慮なく言えます」

大学スポーツ界の浦和レッズに、筑波大の目指す”本来のスポーツ”(後編)

スポーツ庁は、大学スポーツ改革の柱として全米大学体育協会(NCAA)をモデルに国内の統括組織「大学スポーツ協会」(略称・UNIVAS=ユニバス)を来春発足させる。それを受け、大学単体でも新しい取り組みが始まっている。中でも、米国の大学で一般的に存在する「アスレチックデパートメント(体育局)」をいち早く設置し、モデル校8校の一つに選定されたのが筑波大だ。今回は筑波大のアスレチックデパートメント設立に尽力し、スポーツ振興を担う特別職「スポーツアドミニストレーター」に就任した佐藤壮二郎氏に、筑波大の先進的な取り組み、学生スポーツ界の先駆者としての思いを聞いた。(後編)

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[特集]日本版NCAAの命運を占う

日本のスポーツ産業、発展の試金石

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VictorySportsNews編集部