大学駅伝をけん引する二大ブランド

注目を集めるビッグイベントとなった箱根駅伝。協賛しているミズノはオフィシャルグッズなどを手掛けているが、ユニフォームでは苦戦が続いている。ミズノウエアでの総合優勝は第80回大会(2004年)の駒澤大が最後で、出場校のシェアも減少しているのだ。

10年前、第85回大会(2009年)の出場校を調べてみると、ミズノが8校(早大、中大、日大、拓大、東海大、明大、国士大、青学大)で、アシックスも8校(中央学大、亜細亜大、山梨学大、帝京大、東農大、上武大、日体大、専大)。ナイキが4校(駒大、東洋大、城西大、神奈川大)で、デサント1校(順大)、クレーマー1校(大東大)だった。

それが今回の第95大会(2019年)では、ミズノ6校(東海大、法大、日大、國學院大、東京国際大、国士大)、アシックス5校(早大、日体大、帝京大、中央学大、山梨学大)、ナイキ4校(東洋大、駒大、神奈川大、中大)、ニューバランス3校(城西大、拓大、上武大)、アディダス2校(青学大、明大)、デサント1校(順大)、クレーマー1校(大東大)となっている。
強いチームが着ているブランドは、カッコよく見えて、それは売上にも直結する。正月の箱根駅伝は各メーカーが熾烈な戦いを繰り広げている舞台でもあるのだ。10年前には参入していなかったアディダスとニューバランスが加わり、群雄割拠の時代が到来している。その中で、“2強”といえるのがアディダスとナイキだ。

アディダスは第67回大会(1991年)を制した大東大の選手が着用していたが、その後、箱根路から遠ざかっていた。華麗なる復活劇は、現在の絶対王者とともにある。青学大がアディダスとユニフォーム契約をしたのは2012年。アディダスの嗅覚は素晴らしかった。その年10月の出雲駅伝で青学大が優勝をさらうなど、日本長距離界で三本ラインが脚光を浴びるようになったからだ。

強豪校にのみ焦点をあてた アディダスの徹底した戦略

アディダス×青学大がフレッシュな活躍を見せたことで、原晋監督のもとには「アディダスを紹介してほしい」というチームが続出した。しかし、アディダスの“査定”はなかなか厳しいという。そんなアディダスが次なるパートナーに選んだのが明大だった。2016年にユニフォーム契約をかわすと、「過去や伝統なんて、関係ない。勝利を生み出すのは、今のキミたちだ。さあ、勝負のとき。明治、元年。」というコピーでポスターを製作。伝統のユニフォームの右胸に「エキップメント、スリーバー」が輝くことになる。
明大は前回の箱根駅伝予選会で落選したが、4年前までは7年連続でシード権を獲得していた。今季は再浮上の気配を見せており、11月24日の八王子ロングディスタンス1万mでは阿部弘輝が今季日本人学生最高となる27分56秒45をマーク。今回は登録選手10人の平均タイムでは1万mで2位につけている。

青学大と明大はアディダスと契約する前、ミズノのウエアを着ていた。急成長中のチームがユニフォームブランドを変更するのは、前メーカーと比べて、「契約内容」の良さを物語っている。外資系スポーツメーカーは日本メーカーと比較して、かなり細かい契約をかわすという。契約内容の詳細は分からないが、箱根駅伝の優勝で〇〇〇というニンジンもぶらさがっているはずだ。ウエアやシューズなどがバンバン支給されるだけでなく、強化費を含めて、年間で1000万単位のお金が動いていると考えていいだろう。その対価として、メーカー側からは、イベント出演を求められたり、CMやポスターなどに起用され、“販促ツール”として活用されることになる。ちなみに青学大の男子短距離と女子はともにナイキのユニフォームを着用しているのが興味深い。

アディダスはウエアやシューズを提供するだけでなく、契約フィジカルトレーナーである中野ジェームズ修一氏を青学大に紹介している。そして、「青トレ」(ランナーに特化したコアトレーニングやストレッチなど)が完成。その成果もあり、青学大は箱根駅伝で4連覇を成し遂げることになる。青学大はアディダスにとって、巨大な販売力を持つ“走る広告塔”に成長した。

一流アスリート並みの待遇を用意する ナイキのプランニング

一方のナイキは、アディダス(青学大)が台頭するまでは、学生駅伝界の王者として君臨してきた。第84~90回大会はアシックス(日体大)が第89回大会を制した以外、ナイキを着る駒大(1回)、東洋大(4回)、早大(1回)が栄冠に輝いている。第87回大会(2011年)ではナイキ勢がトップ3を独占。ナイキは優勝校を原宿のナイキショップで行うイベントに招待するなど、学生駅伝を活用したPR戦略に力を入れてきた。しかし、近年はアディダスに“センター”の座を奪われており、「打倒・青学大」の気持ちは強い。

現在は東洋大、駒大、神奈川大、中大をサポートしているが、中でも東洋大とは濃密な関係を築いている。ユニフォーム契約をしていても、シューズについては、各選手に委ねているチームが大半だが、東洋大だけはナイキ一色に染めているほど。世界のマラソン界を席巻している厚底シューズ(ズーム ヴェイパーフライ 4%)も日本のチームの中でいち早く取り入れた。

前回の箱根駅伝は全員がナイキのシューズで走り、山区間(5区と6区)以外は、ズーム ヴェイパーフライ 4%を履いていた。今夏には主力メンバーが米国合宿を敢行。ナイキ・ワールド・キャンパス(ナイキ本社)を訪問すると、酒井俊幸監督と今年6月の日本選手権1万mで学生トップの4位に入った西山和弥は、ナイキ社員でも“シークレットな領域”になるスポーツリサーチラボにも特別に入室している。現地では、オレゴン・プロジェクトに所属する大迫傑やピート・ジュリアンコーチとも交流した。

東洋大がオレゴン遠征中に、ナイキは最先端モデルのズーム ヴェイパーフライ 4% フライニットを発表。9月16日のベルリンマラソンでエリウド・キプチョゲ(ケニア)が2時間1分39秒で突っ走ったときに履いていた“世界新シューズ”だ。東洋大は9月上旬の一般発売を前に、新モデルを現地レースで試している。

ナイキは他にも東海大の主力選手とシューズ契約を結ぶなど、学生長距離界でも攻め続けている。今季は青学大が出雲駅伝と全日本駅伝を制しているが、出雲では東洋大が終盤に追い込み、全日本では東海大が7区途中まで青学大に先行した。世界のスポーツシーンで繰り広げられている「アディダスvsナイキ」の戦いは、箱根駅伝でも”頂上決戦〟を迎えることになる。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。