新潟県高野連による「衝撃の決断と行動」

新潟県高野連の「球数制限」導入が全国的なニュースとなり、様々な反響を呼んでいる。
私は、「球数制限は故障を防止する根本的な解決策ではない」と考えているから、今回の報道に昂奮はしなかった。だが、いろいろ意外に感じたので、当事者たちに話を聞いてみた。

日本高野連を差し置いて、ひとつの県の高野連が独自路線を打ち出すことは極めて珍しい。上意下達が当然で、お上に楯突くことなど一切許されない空気が支配する日本の高校野球において、新潟県高野連の決定は画期的だ。これが、「100球制限」が大きく報じられた背景にあるだろう。

高校野球を知るメディアやファンからすれば、「球数制限を導入する」というニュース以上に、「県の高野連が日本高野連に先駆けて新たな選択をした」ことが衝撃的なニュースだったのだ。他の競技関係者から見れば「そんなことが衝撃なの?」と驚かれるか笑われるかもしれない。だが、高校野球はそれほどに支配的で、自由な提言や議論も許されない雰囲気が長年支配していた。その意味では、100球制限が正しいかどうか別にして、選手を思い、野球の未来を憂慮して決断した新潟県高野連の行動には心から敬意と拍手を送りたい。

しかし当然ながら、新潟県高野連は、日本高野連に反旗を翻すつもりで今回の決定をしたのでなく、たまたま日本高野連への報告・上申より発表が先になったことで「なんらかの処分」を覚悟せざるをえない状況になっている可能性もある。

1月7日には、新潟県高野連の杵鞭義孝専務理事が大阪市内で日本高校野球連盟に「球数制限」導入について説明に出向いた。報道によると高野連の竹中雅彦事務局長は「全国に先駆けて、投手を故障から守りたいという姿勢は買っている。取り組みは間違っていない。タイブレークに続いて将来、踏み込んでいかないといけないこと」と理解を示したが、春、夏、秋の各大会は統一の「高校野球特別規則」の下で行われており、球数制限を設けるには同規則の改正が必要であることを強調。
同事務局長は「各都道府県のバランスがとれない。タイブレークの時のように、(全国)同じルールの下でやるのが当然と考えている」と基本姿勢を明かしている。
この件は、2月20日の理事会で方向性が話われる予定だが、新潟県高野連の行動が処罰の対象にならないことを願ってやまない。

親が野球をさせてくれない時代が来る? 空気を変える必然性

「100球制限」が公表されたのは、新潟県高野連主催の会でなく、新潟県青少年野球団体協議会が主催する《サミット》の席上だった。平成23年に発足したこの団体は、新潟県高野連も含め、新潟県内の小中高の野球団体など9つの野球関連団体が所属し、野球を通じた青少年の健全な育成のため、肩肘の障がい予防を中心に、様々な活動に取り組んでいる。小・中・高の指導者や野球関係者たちが連携してケガの対策や野球の未来を模索しあっている団体としては全国の先駆けといえる存在だ。

そのような趣旨で開かれたサミットだから、12月14日に新潟県高野連評議員会で実施を決めた「100球制限」を仲間たちに報告した、というニュアンスだったのだろう。それが思いがけず全国的なニュースとなったというわけだ。

私は昭和47年から49年まで、新潟県の高校で甲子園を目指した高校球児のひとりだ。以後も新潟県の高校野球の取材を重ねているから、今回の報道で名前が挙がった新潟県高野連の富樫信浩会長、杵鞭義孝専務理事とも親交がある。新潟県青少年野球団体協議会で新しい提言を練り上げているプロジェクトの中心メンバーには母校(長岡高)野球部の後輩たちもいる。そこで、いくつかの疑問をぶつけてみた。

そもそも、球数制限にそれほどの意味があるのか? すると、次のような回答が返ってきた。
「私たちは、野球のグラウンドをいい空気にしなければ、母親が子どもに野球をやらせてくれないという危機感を持っています。大事なお子さんをお預かりするわけですから、小中学生、高校生を大事にしなければならない。いままでは勝利至上主義もあって、行き過ぎた現状がありました。これを排除したいのです」

勝利至上主義、つまりは「甲子園に出る」、これが何よりの価値とされ、そのためであれば理不尽な指導や方針も肯定あるいは黙認されてきた。ここを変えなければならない、その認識と覚悟に胸を打たれた。だが、現実は甘くないだろう。私は、さらに訊いた。

球数制限は、チームが最善を尽くして勝つことを阻害する規則だ。これまでの勝利至上主義と相反する制約を採り入れて、高校野球そのものの価値観と矛盾しないのか?

「確かにそのとおりです。100球制限が採用されると知って、ファウル打ちの練習を始めたり、待球策を採る動きがあれば残念なことです。でも実際、サインの伝達行為が禁止されているにもかかわらず、巧妙に伝達しているチームがある。つまり、そこを変えなければ現場の空気は変わらない。私たちの提言の根底にないと瓦解するのは、スポーツマンシップなのです」

なぜ野球をするのか? 野球を通じて、青少年に何を培わせたいのか? 世の中を生きる、清々しい姿勢、友情、フェアネス……。ところが現状は、勝利至上主義に呑み込まれて、汚いプレーをしても勝てばいいという考えが跋扈している。そのため、新しい野球少年が生まれにくい空気が蔓延していることに、まだ気付かない強者たちが少なくない。

地方から発信される改革のメッセージは高校野球を変えるか?

100球制限を採用すれば、困るのは部員の少ない学校だ。主に公立高校。部員の多い私立の強豪にはさほど大きな影響はないだろう。私が知る限り、新潟県青少年野球団体協議会のプロジェクト策定に当たっている中心メンバーは、公立高校野球部の出身者たちだ。つまり、あえて母校に不利、私学に有利な規則を導入した。そこには私利私欲はない、野球の未来を憂慮し、改善したい強い思いが滲み出ている。

「100球制限ばかりが話題になってしまいましたが、私たちがまず挑戦したいと考えていることは4つあります。ひとつは『高校野球の球数制限』、それに『ケガを防止するための独自のガイドラインづくり』『T字型体制の推進』『完全シーズンオフ制の採用』です」

T字型体制とは、「10の所属団体(リトルリーグ、リトルシニア、ポニー、軟式野球連盟、高野連など)は横の連携を結ぶことができた。これを下に伸ばして行きたい」という意味だ。つまり、各連盟のトップは「現状の野球指導のあり方を変える必要がある」という認識を共有した。これを現場の指導者たちまで浸透させるという意味だ。
さらに、高校野球だけでなく、小中学生の野球でも、「練習試合もしないシーズンオフ導入を働きかけていく」という。

最後に、100球制限よりもっと建設的なアイディアをぶつけてみた。それは、春の北信越大会(本大会)はもうやめて、春はリーグ戦形式ですべての高校球児たちに多くの試合機会を提供するという改善だ。全国的にいえば、関東大会、近畿大会、九州大会といったブロック大会は実施せず、各都道府県内でリーグ戦方式を採用する提案だ。いま高校野球の公式戦はすべてトーナメント制で行われている。年3回(春夏秋)の大会すべて初戦で負けたら、年に3試合しかできない。そういう高校は少なくない。そんな愚かな現実を、日本高野連はもう何十年も放置している。何のための高校野球なのか? 甲子園がすべて、甲子園の勝利者がすべて、そんな強者偏重の姿勢で今後も本質的な発展ができるわけがない。

これを訊くと、思いがけない答えが返ってきた。
「春の北信越大会に換えてリーグ戦を採用し、全チームが数試合できるよう改善するという意見はすでに高野連にも打診しています。ただこれは新潟県だけでできることではないので、今後の課題です。春のゴールデンウィークをもっと有効に使って大会をやるなど、新しいことができると思っています」

100球制限の是非ばかりが話題になっているが、新潟県の野球関係者たちの考えはそこにはとどまっていない。本質的に野球を変える、新しい野球少年たちをどうやって育てるか、危機感を持って取り組む様子を感じて、安堵すると同時に、これまでにない期待感がふくらんだ。

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小林信也

1956年生まれ。作家・スポーツライター。人間の物語を中心に、新しいスポーツの未来を提唱し創造し続ける。雑誌ポパイ、ナンバーのスタッフを経て独立。選手やトレーナーのサポート、イベント・プロデュース、スポーツ用具の開発等を行い、実践的にスポーツ改革に一石を投じ続ける。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『野球の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』『長島茂雄語録』『越後の雪だるま ヨネックス創業者・米山稔物語』『YOSHIKI 蒼い血の微笑』『カツラ-の秘密》など多数。