甲子園のベンチ入りは18人、2人が落選する理不尽

全国各地から「甲子園出場校決定」のニュースが連日届く時期になった。勝者と敗者、残酷なほどに明暗が分かれる高校野球は、それゆえに日本人の心を揺さぶると言われる。こうした明暗、実は優勝チーム内でも毎回起こっている。
 
試合終了後に展開される歓喜の輪、監督の胴上げ、勝利監督インタビュー、主将インタビューなど、喜びに満ちた光景の一方で、暗く沈む選手と親たちがいる。チームによっては夜に祝勝会を開くが、その席でも表情が晴れず、心穏やかでない選手と親の姿がある。なぜなら、甲子園に行くと「ベンチ入りの人数が18人に減る。ベンチから外れる選手が間違いなく2人いる」からだ。
 
全国の地方大会のほとんどは選手20人がベンチ入りしている。ところが甲子園でベンチに入れるのは18人。共に甲子園出場を勝ち取る戦いに臨みながら2人がベンチを外れ、甲子園の入場行進ができない。
 
甲子園のベンチ入り人数は、14人の時代が長くあり、その後、15人、16人と増え、2003年(平成15年)夏から18人に増員された。かつては主戦投手が連戦連投で戦うのが大勢だった。複数の投手で戦う傾向が強くなったことなどもあり、ベンチ入りの人数が増えたとも説明されている。
 
長く高校野球の取材現場に立ち会い、不思議な光景を毎年目にしていた。冒頭に書いた、優勝したのに表情のすぐれない選手たち、親たちがいる理不尽だ。監督はといえば、優勝の喜びに浸るのもつかの間、すぐに朝日新聞の担当記者がやってきて、甲子園のベンチ入りメンバーを一刻も早く伝えるよう促される。決勝が7月末に近い日に行われる地方ではなおさらだ。朝日新聞が大会前に発行する週刊朝日の臨時増刊号(夏の甲子園特集)の入稿が迫っているからだ。
 
一緒に甲子園出場を勝ち取ったのに、なぜ入場行進ができず、背番号も与えられない悲しみを経験する必要があるのか?

20人の登録は「各地方が勝手に決めている」?

私は、著書や出演するラジオ番組などでしばしばこの問題を取り上げ、改正を提言した。その甲斐があったのかどうか、2003年に突然改定された。ある地方の高野連理事から「小林さんのご指摘が正しいと思ったので、私も働きかけました」と電話をいただいた。当時、この問題を繰り返し公に訴えていたメディアやジャーナリストはほかにいなかった。

それにしても、なぜほとんどの地方大会がベンチ入り人数を20人としているのに、甲子園では18人なのだろう。
ベンチ入りメンバーの人数が18人に増えたときは、「画期的な改正」であるかのようにNHKでも伝えられた。しかし、なぜ20人でなく、18人なのか?
 
その理事が高野連に確認してくれた。説明はこうだったという。

「日本高野連が甲子園の登録メンバーは16人とか18人と決める。これが基本である。各地方大会では、それぞれの事情もあり、登録人数を自由に決めるのを認めている。だからといって、その人数に高野連が左右されることはない」

つまり、20人の登録は各地方が勝手に決めていることで、あくまで主体は日本高野連にある。甲子園出場を決めながら「2名落選」の悲劇を生みたくないなら、地方が18人にすれば問題ない、と言うのが日本高野連のスタンスらしい。加えて、新聞記者から「全国で最も少ない地方に合わせた」との説明も受けたと、その理事は話してくれた。どうやら、大阪の地方大会の登録は18人だった。わざわざ大阪代表の登録を2名増やすまでもない、そんないきさつがあったという。

高校野球の問題を考えるとき、いつも同じことを感じる。「たったこれだけの素朴な疑問を、なぜ誰も指摘しないのか」という現実だ。

華やかな報道の裏で、まだまだある高校野球の「なぜ」

高校野球の「なぜ」を挙げたらきりがないくらい、たくさんある。時代に合わない、現状に合わない妙な規則、慣例がたくさんある。「転校すると一年間出場できないのはなぜ?」「長髪でも大会に出られるはずなのに、なぜ大半が丸刈り?」等々。
 
あれだけ選手には厳しく怒鳴る監督が、高野連に向かって吠えることはほとんどない。
 
「甲子園のベンチ入り、2人くらい増やしてよ! 大会予算がないなら自腹で連れて行くから」、それくらい言ってもよさそうだが、監督は誰も言わない。日本高野連の前では、普段鬼と呼ばれる監督も借りて来た猫同然だ。
 
校長先生も同じ。教育者なら、自分の学校の選手や生徒が猛暑で倒れる現実を目の当たりにしたら、「この暑さの中で試合をするのはおかしい! 大切な高校生を危険に晒すな!」と怒ってもよさそうだが、そんな指摘をした校長先生の話はほとんど聞かない。ここ数年の猛暑は、水分をこまめに取れば熱中症が回避できるレベルではない。それなのに、なんの根本的な改善も行われないし、誰も求めない。求めたら「反逆者」か「負け犬」扱いされる雰囲気がある。それこそ、パワハラ、ブラック部活そのものの体質ではないだろうか。
 
なぜ監督も校長も言わないのか? 高野連はそれほど怖い権力、提言もできない閉鎖的な組織だと言われても仕方がない。そして、高校野球の監督は、選手には高圧的なくせに、上に弱く下に強い。現代の教育現場にあって、最もあってほしくない、前時代的な体質を高校球界は全体として持っている。
 
生徒を大事に思う校長なら、同じ考えを持つ他校の校長たちと連名でもいいから、高野連に是正を求めるのが自然ではないか? 
 
高野連がアンタッチャブルな組織になっている。
 
ある地方の監督たちが、高野連に改善を求める動きを計画したとき、年配の理事から、「そんな動きを進めるなら、お前たち、ベスト8に入っても21世紀枠の推薦はしないからな」と暗にほのめかされた、という話を聞いたことがある。そんな論理や力関係が根強く支配している組織に子どもを任せること自体が恐ろしいとは思わないだろうか。

<了>

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小林信也

著者プロフィール 小林信也

1956年生まれ。作家・スポーツライター。人間の物語を中心に、新しいスポーツの未来を提唱し創造し続ける。雑誌ポパイ、ナンバーのスタッフを経て独立。選手やトレーナーのサポート、イベント・プロデュース、スポーツ用具の開発等を行い、実践的にスポーツ改革に一石を投じ続ける。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍。主な著書に『野球の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか』『長島茂雄語録』『越後の雪だるま ヨネックス創業者・米山稔物語』『YOSHIKI 蒼い血の微笑』『カツラ-の秘密》など多数。