スポーツができれば勉強はできなくてもいいという風潮

大学スポーツが抱える課題はさまざまだが、本稿では「スポーツ推薦入試」を主題としたい。大学スポーツに関する研究を専門としている、早稲田大学スポーツ科学学術院・小野雄大助教(スポーツ教育学)に協力をお願いした。
スポーツ推薦入試とは、小野氏によれば「主に大学入試においては高校時の競技歴を評価して選抜する入試制度」。小論文や面接などを通して学力や人物に対する評価がなされるが、「競技歴」が重要な評価項目となっている点が特色と言える(一部の大学では実技試験も実施)。国内では3割を超える大学でスポーツ推薦入試が採用され、加えてスポーツ推薦入試を名乗らずとも、それに類する入試制度も多くの大学で実施されているという。

スポーツ推薦入試の課題として真っ先に挙がるのが、「学業への不適応」だ。つまり、大学に入ってから勉強についていけない事態がしばしば生じるのだ。
「学業への不適応という問題は、先進事例であるアメリカでも歴史的に繰り返し起きている」と小野氏が話すとおり、競技歴が重視される入試制度である以上、避けがたい面はある。だが、少なくとも日本の大学入試において、それを防ぐ十分な対策が施されているとは言いがたい。

箱根駅伝や野球、ラグビーなどに代表されるように、大学スポーツは一定の人気を維持しており、主要な大会で好成績を収めればメディアの露出、ひいては大学の知名度向上、イメージアップにつながる。運動部にいわば広告塔としての役割を期待するがゆえ、実態として評価が競技歴に偏重した入試となっている可能性は否めない。

スポーツ推薦入試を待ち受ける落とし穴

小野氏は言う。
「スポーツが、特に私立大学にとっての重要な経営資源であるという現実がある。4年できちんと卒業できない学生が少なくないのも事実。やはりそこは、大学当局に責任があると思います。スポーツ推薦入学者を対象とした学修プログラムを整備している大学もありますが、まだまだ数は多くありません。」

一口にスポーツ推薦入試と言っても、その形態は大学によってさまざまだ。早稲田大学のように、スポーツ科学部という「学部」が独立してスポーツ推薦入試を実施している大学もあれば、大学全体で一括して実施しているケースもある。
後者に関しては、「受験生が学部を選べないことがある」と小野氏は言う。
「たとえば『野球部は文学部に何人、商学部に何人』といった枠があって、『この子はこの学部に入れよう』という話になる。まったく興味がないのにフランス文学専攻に入るとなったら、不適応はどうしても起こってしまいます。一方で、学部の希望を持っている受験生が少ないというのも事実です。大学名だけを見て、そこに入れるならと考えてしまう。スポーツ推薦入試で入れるのはスポーツ科学部や体育学部だけという大学のケースも、本当の意味で学びたい学問を選べているのかという疑問は残る。たとえば将来は看護師になりたいと思っても、スポーツ推薦入試で看護学部に入れる大学はごくわずかなわけで、(特定の学部にしか入れないスポーツ推薦入試は)キャリア形成を阻害しているという見方もできるんです」

スポーツ推薦入試で合格して大学に入学することで、学生が重い十字架を背負うことになるという側面もある。入学した以上は運動部に属さねばならないケースが大半で、ケガや人間関係の悩みなどに直面すれば、苦しい大学生活を強いられることになるからだ。思いきって退部しようものなら、今後は母校の高校からは入学させないといった話に発展する恐れもある。

小野氏は「それ(十字架の重さ)を感じるのがいつなのかが問題」と指摘する。
「スポーツで大学に入学できれば、本人もうれしいし、保護者も安心する。母校にとっては進学実績になるし、大学はいい選手が獲れれば満足する。でも、今後起きうる困難を関係者がどれだけ想像できているか、そのうえで進路を選べているかが重要だろうと思います」

「ただの学生アスリート」で終わらないために ときにはシビアな判断を

そこでカギを握るのが、生徒を送り出す高校側のスタンスだ。
「高校段階で、競技者のキャリア問題の現実や大学とはどういったところなのかについて教えることが重要です。スポーツ推薦入試を利用しようと考えている高校生には、将来は中高の保健体育教師になりたいと考えている生徒が多くいますが、実際には保健体育教師になるのは狭き門。それでも、『なんとかなるだろう』と楽観視している高校生は多く、大学入学後に現実を知って『こんなはずじゃなかった』となることも。高校の教師や指導者は、目指す職業と大学の学部の情報について生徒に考えさせる機会を与えることが大事だと思います。それが大学での不適応を防ぐ方策の一つになるはずです」

仮にスポーツ推薦入試を経て大学に入った場合、そのことは就職の際にはどんな影響を持つのだろうか。小野氏は言う。
「採用する側の会社のスタンスによるところが大きいと思います。(学業面を不安視され)敬遠される可能性はなくはないですが、いまもなお体育会経験を好意的に評価する会社もあるでしょう。会社に対して従順であるとか根性があるとか、昔ほどではないにしても、まだそういった価値観は生きている。ただ、これからの時代は、学生アスリートが培ってきた能力やその価値というものが、より具体的に評価されるようになるといいなと思っています」

それでも無くすべきではないスポーツ推薦

スポーツ推薦入試はこれまで述べてきたような問題をはらんではいるものの、その存在自体が否定されるべきものではない、と小野氏は見ている。
「スポーツで評価されて大学に入ることは批判されがちですが、それだけの評価に値する競技歴を残すことは勉強に劣らず大変ですし、競技者としての努力は間違いなくあるわけです。そもそも推薦入試は、一発勝負ではなく、(高校生活の)積み重ねを評価しようということで始まった制度。その主旨には合っているし、問題はその使われ方なのだと思います」

今後、大学入試は大きく変わっていく。その改革の中で、現在のスポーツ推薦入試もまた見直しの対象となるかもしれない。
公正性の担保はもちろんのこと、大学にとっての都合が優先されて学生が十分な自覚のないままに袋小路に追いつめられてしまう事態とならない運用のあり方を模索し、スポーツに青春を捧げる学生にキャリア選択の幅を与える制度であってほしい


日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。2010年より『Number』編集部の所属となり、同誌の編集および執筆に従事。 6年間の在籍を経て2016年、フリーに。野球やボクシングを中心とした各種競技、 またスポーツビジネスを中心的なフィールドとして活動中。