“世界3大スポーツ大会”と並び称されるオリンピック(17日間=2016年リオデジャネイロ大会)やサッカーワールドカップ(32日間=2018年ロシア大会)と比べても、ラグビーワールドカップの開催期間は長い。肉体的な消耗が激しく、リカバリーのために間隔を空けて試合が設定されるためだが、経済効果の観点では、このことがプラスに働くという。
ラグビーワールドカップ2019組織委員会は、新日本有限責任監査法人の協力を得て、今大会において期待される日本国内への経済効果を分析し、発表している。その要約には、以下のような記述がある。
「開催期間が44日間と一般的な国際スポーツイベントと比べ長期間に亘り、会場は日本全国12の都市と広範囲におよび、観光などの支出が開催都市を中心とする国内各地の経済活性化につながる。訪日外国人客の消費支出による直接効果は1,057億円(7.2億ポンド)に上ると予測される」
期間の長さに加えて、開催都市が北海道から九州までの12都市に分散していることで波及効果が大きくなるというわけだ。さらに詳細に見れば、59もの自治体が公認チームキャンプ地となっている。局地的にざっと降る大雨ではなく、列島全体にしんしんと降り積もる雪――そんなイメージだろうか。
同レポートは、ラグビーワールドカップ日本大会の経済波及効果は4,372億円になると予測する。
その内訳は、スタジアム等のインフラ整備や大会運営費用、国内客・訪日外国人客による消費から成る「直接効果」が1,917億円で、最も大きな割合を占める。先に引用した通り、そのうちの1,057億円が訪日外国人客の消費支出とされており、40万人超と予想される外国人の動向が大きなカギを握っていることがわかる。2018年の訪日外国人数が3000万人を超えたことを考えると、さほど大きなインパクトはないように感じられるかもしれないが、その経済効果への期待が膨らむのは「一人あたりの消費の多さ」が想定されるからだ。
また、日本のサプライチェーン全体を通じた需要拡大である「第一次間接効果」が1,565億円。雇用増加による消費拡大の「第二次間接効果」が890億円。
さらに上記のうち、GDP(国内総生産)増加分は2,166億円、税収拡大効果は216億円で、25,000人の雇用を創出する効果が期待できるという。
ただ、これらの数字を眺めているだけではピンとこないのも正直なところ。特に、海外のラグビーファンがワールドカップ観戦に際してどんな経済活動を営むのか、日本で過ごしていてはなかなか見えてこない。
筆者は2018年11月、ラグビー発祥の地であるイングランドに渡り、現地のラグビー観戦文化に触れる機会を得た。そこで見た光景をヒントに、よりリアルな経済効果について考えてみたい。
滞在中に観戦したのは、ラグビーの聖地と言われるトゥイッケナム・スタジアムで行われたイングランド代表対日本代表のテストマッチと、西部の港湾都市ブリストルでのプレミアシップ(国内トップリーグ)エクセター・チーフス対ブリストル・ベアーズの計2試合。それぞれ見ごたえのある好ゲームだったのだが、最も印象に残っているのは、ラグビーの試合が“媒介”として存在していることだった。
もちろんイングランドの人々はラグビーという競技が大好きで、試合そのものを楽しみにスタジアムへと足を運ぶ。だが、試合の応援と同じか、あるいはそれ以上の熱量を、友人や家族ら、スタジアムで顔を合わせた人々とのコミュニケーションに傾けているように見えたのだ。
実際、試合は40分ハーフで、キックオフからノーサイドまで2時間足らずで終わってしまうのに対し、その前後の時間は膨大にある。イングランドのファンたちは、試合が始まるずいぶん前の時間からなじみのパブに顔を出し、ビールを片手ににぎやかに話し込んでいる。
トゥイッケナムでのイングランド代表対日本代表のテストマッチは現地午後3時のキックオフだったが、近隣のパブは正午にはすでに店の外に人があふれるほど混雑していた。ここで身も心もウォーミングアップ。チケットを持つ人は、試合時間が近づくとスタジアムへと向かっていった。
8万人以上を収容するトゥイッケナム・スタジアムの観客席を見ていると、試合の直前まで空席が多く、「もしや日本戦だから不人気なのか」などと気を揉んだが、キックオフにぴったり合わせるかのようにほとんど満席になった。おそらく、多くの観客が試合が始まるギリギリまで立ち話をしていたのだろう。
試合終了後も然り。コンコースにあるバーは大盛況で、かなりの数の人々がスタジアム内に居残って酒を飲み続けていた。スタジアムを離れ、試合前に立ち寄ったパブを再びのぞいてみると、こちらは同日午後7時にダブリンで始まったアイルランド代表対ニュージーランド代表戦の生中継が映し出された大画面に、満員の客たちの熱視線が注がれていた。
朝から晩まで、ラグビーとビール漬けの一日。傍らには仲間たちがいる。彼らにとって、これ以上の息抜きはないのだろうと思えた。
現地でのもう一つの発見は、これまでも書いてきた通り、ビールの消費量が半端ではないということだ。11月半ばを過ぎたイングランドはかなり冷え込んでいたが、そんなことはお構いなし。ブリストルのスタジアムでは、日本の居酒屋で見かけるピッチャーのような2パイント(1リットル以上!)入りカップを両手に持って歩いている人も珍しくなかった。パブでも、スタジアムでも、とにかくビールなのだ。
組織委の関係者によると、ラグビーワールドカップの試合が行われるスタジアムでは、サッカーなどの国際試合の3~4倍の量のビールを準備する必要があると見込んでいるという。ホスト国としては、多様なビールを用意することはもちろん、日本独自の食材を生かしたつまみの開発やスタジアム周辺にある飲食店の営業時間の見直しなど、工夫次第で手にするものの大きさが変わってくるのかもしれない。
ブリストルで出会ったファンの一人は、ワールドカップ観戦のために日本に行く予定だと話していた。滞在は6週間。やはり試合の合間には日本を観光したいと言っていた。
世界各地から集まるラグビーファンに、どんなふうに時間とお金を使ってもらうのか。それを考えるうえで、イングランドで感じた「コミュニケーションの媒介としてのラグビーの存在」と「胃袋に吸い込まれていく大量のビール」は、一つのヒントになるのではないだろうか。
言い添えておきたいが、見た限り、酒は飲んでも、酒に飲まれている人はいなかった。あくまで紳士であり、試合が終われば「ノーサイド」の言葉通り、敵も味方もなく肩を組むのがラグビーの文化だ。母国開催というまたとない機会に、その輪に加わってみるのもラグビーワールドカップの醍醐味と言えるだろう。