▽異例ずくめ

トランプ氏の観戦は、発端から異例ずくめだった。天覧相撲のときには通常、警備上の問題などから日程の報道は当日まで伏せられる。今回は政府関係者の話として、4月12日付朝刊で見通しの段階を一部新聞が報じ、世間の知るところとなった。該当日から1カ月半も前から来場予定が公になり、のちに升席での観戦希望も露呈。セキュリティー対策の面では頭の痛い状況で、関係者によると、日米両政府からのリクエストは多岐にわたったという。

「この管の中には何が入っているのか?」。夏場所前半の両国国技館。土俵上で取組が進行している傍らで、米国側関係者がスプリンクラーを指さし、通訳を介しながら相撲協会の職員らに細部まで確認した。前代未聞の厳戒態勢。「地下駐車場は誰が使うのか?」「われわれは人が何か武器を持っていることを一番警戒している」と切迫感漂う矢継ぎ早の発言に、協会スタッフは事細かに応じた。

結果、日米両首脳の観戦は大過なく終了した。表彰式に際し、いつもはトランプ氏のそばにいるメラニア夫人が大統領と離れ、事前に安倍晋三首相の昭恵夫人とともに升席のソファに腰掛けた。大相撲の〝女人禁制〟への配慮が漂うような場面だった。「その伝統は米国側にしっかり伝わっているはず」と、備えの周到さに胸を張る協会関係者もいた。

▽進取の精神と柔軟性

伝統の継承、体が大きくていかつい外見の親方衆。相撲界は世間的に、頭が固くて排他的とのイメージがあったとしても無理はないだろう。実情は少々異なる。神事的側面を含め、変えてはならない相撲の根幹を守りながら、時代背景などに柔軟に対応して人々に愛されてきた歴史がある。

広く知られている事例は、勝負判定の参考として、いち早くビデオを導入したことだ。今でこそプロ野球やサッカーなどで微妙な判定の際に映像が用いられるが、大相撲では1969年5月の夏場所から取り入れた。その直前の春場所で起きた大鵬―戸田の〝世紀の誤審〟がきっかけという説が流布しているが、内実は少し違う。テレビ中継の開始以降、勝負について視聴者からの問い合わせや苦情が増えたため、50年前の夏場所で採用する流れがあらかじめ決まっていたのだ。

協会のホームページを開設したのも比較的早く、1996年9月だった。1969年から2014年まで職員として協会で働き、情報資料管理室長も務めた鈴木綾子さんは日々、親方衆と接してきた。鈴木さんはかつて「例えば携帯電話で新機種が発売されるとすぐに興味を示すとか、親方には新しもの好きな人が多いと思います。また協会の理事会は2カ月に1度の本場所に合わせて開かれます。決定事項があれば、じゃあ来場所からとすぐに実行に移せます」と語っていた。進取の精神や柔軟な発想を実現させる下支えがある。

現在の見慣れた光景にも、改善によるものが散見される。例えば1952年。土俵の四隅に立てられていた四本柱を撤廃し、代わりにつり屋根の四方に房を下げた。観客からは取組を見やすくなったと好評で、テレビ中継にもかなう変更だった。また、以前は同じ一門の力士は対戦していなかったが、人気低迷を打破する一環で1965年に現行の部屋別総当たり制度に改定。同じ一門同士でも顔を合わせるようになり、興味深い好取組が増えていった。

▽成功モデル

少子高齢化の日本において、外国人受け入れが広く議論されている。インバウンドと呼ばれる訪日外国人客の存在も関心の的だ。政府によると、2018年には3千万人を突破し、過去最高を更新。大きな経済効果を生んでいる。大相撲では地方場所を含め、本場所の館内に常に一定程度の外国人が来場している。スポーツを多角的に掘り下げた「プロスポーツビジネス」(東邦出版)では「国内のスポーツとしてインバウンドにつながるものとしては相撲以外、現在のところうまく見いだせていません」と言及。早くから外国人客の歓迎態勢を整えた相撲協会はビジネスモデルとして成功している。

協会のホームページには英語版があり、海外からもチケット購入が可能だ。あるチケット売り場担当の親方は「数年前にオーストラリアで日本ブームがあったと聞きますが、その頃は確かにオーストラリアからの問い合わせは多かったですね」と海外の情勢に敏感。外国人客に対応するため、東京都内のホテル十数カ所にパンフレットを配り、ホテル側から連絡があった場合に素早く席を用意する施策も行った。朝稽古見学もインバウンドの興味を引いているが、相撲部屋によっては上がり座敷に座布団に加え、いすを用意して応対している。

翻ってトランプ氏観戦である。多くのフォロワーを持つ同氏のツイッターにはその後、大相撲見物の模様をドラマチックに編集した動画がアップされた。日米関係をはじめ国際社会の中で日本がどうなるのかは今後の政治にかかっており、大統領の観戦に協力した外交的な成果がどれほどだったのか、すぐには測りかねるところがある。さらにトランプ氏に対する好き嫌いもあるだろうが、それらを別にして、地球上で極めて大きな影響力を持つ人物によって、大相撲が世界中にPRされたのは間違いない。

▽進化論

注目された夏場所の熱気が過ぎると、相撲協会は早くも次の手を打った。5月30日の理事会で新たな第三者機関「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の設置を決め、プロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長ら各界から8人がメンバーとなった。目的は、国際化が進む中での相撲発展などについて提言を受けるというものだ。

「進化論」で有名なイギリスの生物学者ダーウィンは1859年に出版した「種の起源」で、環境に適応した生物が生き残ると唱えた。大相撲の中心はもちろん力士たちで、土俵上の熱戦は人々の胸を打つ。まげを結い、鍛え上げられた力士同士のぶつかり合いは、日本独自の魅力的な世界。言ってみれば超優良コンテンツだが、だからといって頑なに前例踏襲を続けて変化を拒んでいては、ここまでの発展はなかっただろう。

戦時中の1945年には空襲で延期となった夏場所を、旧国技館で6月に非公開で行うなど、時として男たちが命がけで守ってきた国技。日本人の生活様式に西洋文化がふんだんに入ってきている現在でも残り、むしろ人気がしっかり回復して令和の時代を迎えた。夏場所後、千秋楽の喧噪が嘘のように「米国大統領杯」は国技館内にある相撲博物館で静かに展示され、来場者の熱い視線を浴びている。そして各部屋では場所後の休みが終わり、稽古を再開。しなやかさを携える協会運営の元、角界全体は7月の名古屋場所に向けて動き出し、着々と伝統を紡いでいる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事