札幌を運営する株式会社「コンサドーレ」の株主総会が4月に行われ、2018年シーズンの営業収入が過去最高を更新する29億8800万円となったことが発表された。2017年度との比較では3億1200万円、11.7%増という数字で、昨季J1で過去最高の4位と好調だったチーム成績に比例し、企業からの広告収入が2億3600万円増の13億600万円を計上したことなどが大きな支えとなった。

かつて債務超過など経営面の問題を抱えていた時期もある札幌だが、転機は2013年に訪れた。市原、札幌でプロサッカー選手としてプレーしていた野々村芳和氏が運営会社の顧問を経て社長に就任。当時の営業収益は10億7100万円で、これを6年間で実に3倍近くにした計算だ。入場料収入も3億3000万円から6億3600万円と増えているが、特に目立つのが、やはり広告料収入。4億3200万円から3倍以上に増加している。解説者やMCとしてのテレビ出演で人気を得ていた野々村社長が、その「顔」を生かし、自ら広告塔となってスポンサーを集めた側面もあるが、それ以上に注目すべきは行った取り組み。内容は非常に多岐にわたるが、特に大きな効果を発揮したものとして以下の2点を挙げたい。


①アジア戦略・インバウンド効果
Jリーグのクラブの多くは地域密着を掲げているが、札幌がほかのクラブと異なるのが「地域内」ではなく「地域外」を見て地域の活性化を積極的に図っている点。野々村社長は「北海道を盛り上げる」ことを掲げ、その一つのエンジンとしてクラブを捉えていることをさまざまなメディアで発信している。

中でも特徴的なのが、Jリーグが進めるアジア戦略への積極的な関与だ。Jリーグは2012年にアジア戦略室を立ち上げ、2014年には通常の外国籍選手枠とは別に、アジアサッカー連盟に加盟する国の選手を登録できる「アジア枠」を設定した。さらに今季からは「アジア枠」すら撤廃され、タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、シンガポール、インドネシア、イラン、マレーシア、カタールというパートナーシップ協定を結ぶ国からの選手が外国籍選手とみなされない規定に変更された。

この動きをいち早く活用したのが札幌だった。2013年にベトナムのスーパースター、FWレ・コン・ビンをレンタルで獲得。2015年にはインドネシアのMFイルファン、さらに2017年には「タイのメッシ」ことタイ代表FWチャナティップを獲得した。

もちろん、限られた予算の中でチームを強化するには欧州で実績のある選手を補強する方が効率的であり、編成上のリスクが少ない。「当初はこうした東南アジア選手の獲得に懐疑的な、ともすれば笑う人もいた」とはJリーグ関係者。しかし、身長158センチと小柄ながら卓越したテクニックを持つチャナティップは、札幌で主力として活躍。昨季は30試合8得点を記録し、東南アジア出身選手初のJリーグベストイレブンに選出されるまでになり、今季から完全移籍に移行。移籍金としてタイの地元メディアは「タイ選手史上最高の2〜3億円」と報じている。

ただ、チームにチャナティップがもたらした効果は、ピッチ内だけにとどまらない。中田英寿、中村俊輔らが欧州トップリーグで活躍した2000年前後、それを見ようと日本から多くの観光客がイタリアなどを訪れたように、タイでは北海道などを巡る観戦ツアーが組まれ、少なくないインバウンド効果をもたらしている。

さらに、タイでは札幌の試合を中心にJリーグが生中継されており、チャナティップが札幌に加入して最初の練習をネット配信した際には再生回数が札幌市の人口(200万人)を超える300万回を記録した。SNS時代には露出が一気に世界に拡大する傾向もあり、それがインバウンド旅行者の増加につながっている。

また、札幌は「ガリガリ君」で知られる赤城乳業(埼玉・深谷市)と「アジアプロモーションパートナー」契約を2017年12月に締結。チャナティップを起用した「ガリガリ君」のタイでの広告展開、販促活動を進めるなど、アジア戦略がインバウンドのみならずアウトバウンドの可能性も広げている。実際に第2のチャナティップを期待するように、2018年には広島がFWティーラシン、神戸がDFティーラトン(現横浜FM)という新たなタイ選手もJリーグに加入。直接的なインバウンド効果に加え、海外展開を見据える企業にも恩恵のある取り組みとして、札幌のアジア戦略は注目を集めている。


②外部人材の登用・メディア戦略

元プロサッカー選手である野々村社長は「日本ではサッカーの持つ価値がまだまだ伝わっていない」と話す。その価値を最大化する取り組みにも積極的で、地上波テレビでの露出拡大を見据えて2016年には博報堂DYメディアパートナーズと7年間のパートナー契約を結んだ。Jクラブが広告代理店と億単位の契約を結ぶのは極めて異例。この効果もあり、昨季は札幌の全試合がゴールデンタイムを含めて地上波で中継され、視聴率が10%を超える試合もあるなど着実に認知度、人気を高めている。

また、オフィシャルトップパートナーとしてEコマースを手掛けるダイアモンドヘッド社と契約。バーニーズ・ニューヨークやユナイテッドアローズなどアパレルのECサイトを運営する同社との連携でグッズ販売を伸ばす取り組みも始まっている。2017年12月に行った8億円規模の第三者割当増資では、同社が筆頭株主の石屋製菓(8万3850株、38%)に次ぐ第2位の大株主(6万6500株、30.1%)になるなど資本関係も深めている。

さらに、今年に入ってファッションブランド「ホワイトマウンテニアリング」や「ハンティングワールド」でデザイナーを務める相澤陽介氏をクリエイティブディレクターとして招聘。ポスターやグッズのデザインを担当することになった。

プロ野球・横浜DeNAベイスターズを屈指の人気球団に変えた初代球団社長の池田純氏(現さいたまスポーツコミッション会長)は「スポーツによる地域活性化」の実現において重要な要素として「接点の多様化」「本物の追求」を挙げているが、まさに同じ考え方。札幌市民、北海道民との接点づくりを意識し、外部の「プロ」を積極的に取り込んでクオリティーの高い「本物」を提供する。札幌の営業収入における「物販収入」「その他収入」の総計は2013年の1億5200万円から2018年に6億2900万円と増加している。

「接点」という側面では、例年1月に開催されている新チーム披露イベント「北海道コンサドーレ札幌キックオフ」で、サポーターに対して経営情報を事細かに開示する野々村社長のプレゼンテーションが話題になったこともある。経営において重要とされるのが、トップが明確な「ビジョン」を示すこと。クラブとサポーターが同じ「絵」を見ることで、軋轢、障壁を乗り越える大きな力が生まれる。

一方で、懸念材料となるのが最終損益で赤字を計上している点だ。昨季は2013年以降で初めて1試合辺りの観客動員数が減少し、当期純利益は1億6500万円の損失となった。ただ、芝の張り替え作業などに伴って札幌ドームで開催される試合が減ったことが主な原因であり、今後の改善が見込まれる。また、2020年東京五輪ではサッカーの会場に札幌ドームが選ばれていることもあり、同じく来年まで興行収入の増加は見込みにくい状況ではあるが、野々村社長は株主総会で「国内やアジアでのクラブの存在感をより高めていきたい」と、それらマイナス面を埋める企業努力を推し進める方針を示している。

そんな野々村社長が未来の夢として掲げるのが「100億円クラブ」。まだJリーグでは誰もなし得ていない営業収益100億円(Jリーグ史上最高額は2018年度のJ1ヴィッセル神戸で96億6600万円)の「ビッグクラブ」を目指し、札幌は「サッカーによる地域活性化」を様々な手法で実現しようとしている。


VictorySportsNews編集部