ドラマチック

両者の背景が関心の度合いを高めている。2016年リオデジャネイロ五輪で4大会連続の金メダルを獲得した伊調は国民栄誉賞を授与された。そんな絶対的なトップ選手が、昨年表沙汰になったレスリング界のパワハラ問題で被害者となり、マット外で社会的に注目の的となった。難しい時間を過ごした末に問題を乗り越え、昨年10月にリオ五輪以来、約2年2カ月ぶりに試合に復帰した。

一方の川井はリオ五輪63㌔級の金メダリスト。妹で62㌔級の友香子(至学館大)と姉妹そろっての東京五輪出場を目指し、階級を落として57㌔級に転向した。その理由を「妹の方がまだ若くて伸び盛りなので、減量しなくていいように」と説明。現実的かつ妹思いの一面も漂うような決断で、伊調と同じ階級を選んだ。

世界選手権代表選考が本格化した昨年12月の全日本選手権は、1次リーグで川井が競り勝ち、再び顔を合わせた決勝では残り10秒で伊調が劇的に逆転した。次に6月中旬の全日本選抜選手権。ここで伊調が勝てば世界選手権代表に決まっていたところで、今度は川井が決勝で伊調を破って踏みとどまり、代表決定は7月6日のプレーオフに持ち越された。世代間の意地のぶつかり合いは、観客の目をくぎ付けにする好勝負でドラマチックな展開。11歳年上の伊調は「これを望んで戻ってきた」と殊勝なコメントも残した。

育ててから引退

世代交代を繰り返しながら伝統を受け継ぐのは、いろいろな世界でも理想的なことだ。レスリングと同じ個人競技の大相撲も当てはまり、長い歴史を積み上げている。戦後、人気が低迷していた角界を復活に導いたのが、横綱栃錦と横綱初代若乃花による「栃若時代」だった。ともに体は大きくなかったが、大型力士を次々になぎ倒した。テレビ中継とも相まって国民を熱狂させ、その後の大相撲発展につながる礎を築いた。

勝負への執念や技の多彩さで〝マムシ〟の異名を取った栃錦と〝土俵の鬼〟と呼ばれた若乃花。両者の激しい闘いが興奮を巻き起こしたのはもちろんだが、見逃せない大きな功績は、次世代を担う素材をきちんと育てたことだった。その若手とは、のちに横綱となった大鵬と柏戸。「柏鵬時代」をつくった両雄だ。若乃花は引退後、次のように振り返っている。「横綱というのは協会の看板だけに勝手に『一抜けた』とやめるわけにいかない。後輩を育てて初めてヤレヤレと引退できる」(「私の履歴書―最強の横綱」日経ビジネス人文庫)。2人の成長ぶりを見込んだ若乃花は、巡業などで大鵬と柏戸に徹底的に稽古をつけて鍛え上げた。その結果、柏戸には引退前の一時期4連敗を喫したこともある。大鵬と柏戸が1961年秋場所後にそろって横綱昇進。それを見届けるように若乃花は翌年、34歳で引退を表明した。

相撲界では優勝25回を重ねた横綱朝青龍が暴行問題の責任を取って2010年2月に電撃的に引退した。その直前の1月に実施された初場所を制覇した直後だった。当時は既に白鵬が最高位に就き、朝青龍と東西の横綱を張ってはいたが、下からの突き上げが原因ではない突然の引退は、世代交代の観点から捉えれば健全性に欠ける側面がある。

もし朝青龍が現役を続けていれば若手力士はもっと胸を借りて強くなることができただろうし、一時代を築いた横綱を新鋭が倒して引退を決意させる場面は歴史の一ページにもなり得た。数年前、好角家の俳優、松重豊さんが白鵬の強さを十分に指摘した上で「白鵬に誰が引導を渡すかという点を中心に、ここ5年は見たい」と話していたのを思い出す。若手が大きな壁を打ち破る姿はいつの時代もファンにとって垂涎の楽しみの一つになる。

醍醐味

それ故に、その座を明け渡すまいと懸命に踏ん張るベテランの姿にも心打たれるものがある。伊調は今年4月のアジア選手権で、北朝鮮選手に敗れて3位に終わった。久々の国際大会で感覚の違いなどを敗因に挙げたほか、足首痛の影響で十分に練習を積めなかった時期もあったという。全日本選抜選手権では決勝に上がるまでにも、リードを許し、何度も脚を取られる際どい勝負をしぶとくものにしていった。年齢的な影響があるのかないのかは本人にしか分からないが、決勝では気迫十分に川井と相対し、すさまじい追い上げを見せた。

健康維持や美容など、さまざまな分野で大切だといわれている新陳代謝。女子レスリングではくしくも今年1月、五輪と世界選手権を合わせて16大会連続世界一の偉業を成し遂げた吉田沙保里さんが現役を引退した。リオ五輪では銀メダルに終わったことで、来年の東京五輪に出場したいとの気持ちもあったというが「若い選手が世界で活躍する姿を見て、バトンタッチしてもいいのかな」と心境を語った。

経験豊富な選手と生きのいい若手との連綿と続く相克が、日本女子レスリングの強さの秘けつでもある。伊調と川井の頂上決戦。和光市総合体育館で行われるプレーオフは、会場の収容人数の関係などで一般の観客なしの状態で実施されることが明らかになった。状況の特殊性が増して世間の興味をさらに引きそうだ。力が拮抗していて勝負の行方は分からないが、「健全な新陳代謝」をも想起させる一連の闘い。スポーツの醍醐味をしっかりと味わわせてもらっている両者には感謝の念も湧いてくる。

高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事