まず、プロテニスの賞金の歴史を振り返りたい。

現在、プロテニスの世界では、賞金は男女同額となっている。
テニスの4大メジャーであるグランドスラムで、男女同額賞金が始まったのは、1973年のUSオープンからで、男女シングルス優勝者には、それぞれ2万5000ドル(US)が与えられた。大会の賞金総額は、22万7200ドル(US)だった。

他の競技、例えばプロ女子サッカーと比べると、プロ女子テニス選手の地位はかなり確立されていて、恵まれているといっていいのではないだろうか。
世界のテニス界では、1968年にプロ解禁、いわゆる“オープン化”がなされて、アマチュアテニスからプロテニスへと大きな方向転換が行われた。当時から女子のワールドプロテニスで活躍したビリー ジン・キングといった先駆者たちが、男女同権のために絶えず戦い、その功績が礎となって、現在の女子プロテニスの隆盛につながっている。

ただ、グランドスラムすべてで男女同額賞金になって、足並みがそろったのは比較的最近のことだ。
オーストラリアンオープン(全豪)では、2001年に初めて男女同額賞金になり、男女シングルス優勝者には、83万500ドル(AUS)が与えられた。
ローランギャロス(全仏)では、2006年にシングルスだけで男女同額になり、男女シングルス優勝者には、94万ユーロが与えられた。そして、2007年にシングルスとダブルス両方で完全な男女同額賞金が実施された。
ウィンブルドンでは2007年で、さすがに時流には逆らえないという感じだった。男子と同額のシングルス優勝賞金70万ポンド(当時のレートで約1億7500万円)を手にした初の女子選手となったヴィーナス・ウィリアムズは、「オールイングランドクラブ(正式名称はオールイングランドローンテニス&クロッケークラブ)は、正しい決断をしたと思う」と当時コメントを残した。

グランドスラムでのシングルス優勝者の賞金が、初めて100万ドル(US)の大台に達したのは、2003年のUSオープンのことで、ついにプロテニスもここまで来たか、優勝すれば億万長者だと、当時はかなり大きな話題になった。

その後も、グランドスラムの賞金額は、4大会が競うようにして毎年値上がりしていき、2018年USオープンでは、シングルス優勝者の賞金額は、380万ドル(US)に達した。
賞金総額は5300万ドル(US)になり、初めて男女同額になった1973年とは比べものにならないほどの巨額マネーが動くプロテニス大会に成長した。

とかくグランドスラムでは、賞金総額やシングルスの優勝賞金額に目がいきがちだったが、ここ3年ぐらいで1回戦や2回戦などの賞金を手厚くしようという動きが盛んになって賞金配分の変化がもたらされている。
グランドスラムでのシングルス1回戦敗退の選手の賞金は、2001年USオープンでは1万ドル(US)で、ひと昔前はだいたい100万円が相場だった。だが、現在は2018年のUSオープンが5万4000ドル(US)になったことからわかるように、約500万円強になり、世界のトップ100前後の選手の待遇は改善された。

この動きの中で、2012年に自己最高の47位を記録したことがある添田豪は、「生活のことを考えると、グランドスラムの本戦に出場できるのとできないとでは、大きな違いがある」と話したことがある。
ちなみに、グランドスラムのダブルスだが、2018年USオープンでは、1回戦敗退チームの賞金は1万6500ドル(US)で、優勝チームは70万ドル(US)。これを2人で分けることになるので、シングルスとの格差はある。

毎週のように国や都市を移動しなければならないプロテニス選手にとっては、飛行機のチケット代と宿泊費といった海外遠征での経費は、いつも頭を悩まされる問題だ。

ただ、男子のATPツアーや女子のWTAツアー、そしてグランドスラムの本戦出場者の宿泊代は、基本的に大会側がもつことになっている。だから、本戦出場選手は、勝ち続けている間は宿泊費がかからない。
また、チャレンジャーなどのツアー下部の大会でも、大会要項に“+H”と記載されている大会は、宿泊費を大会側がもってくれるが、その数はそれほど多くなく、基本的に選手負担になる。

下部ツアーでは、賞金総額が10万ドル、8万ドル、6万ドル、2万5000ドル、1万5000ドルという大会規模になり、当然賞金も少ないので、1日でも早くどさ回りを卒業したいと選手は常に思うものなのだ。

また、グランドスラムでは、賞金に約30%の税金が課せられる。ただし、オーストラリアンオープンだけは、選手に帯同するツアーコーチやトレーナーらの人件費を経費として計上することができ、支払う税金を減らすことができるという。

選手は負けたらすぐに次の大会の場所、あるいは日本への帰国をしようとするので、飛行機の日程を変更できる航空券を利用することが一般的なので、変更不可の格安航空券よりどうしても経費がかさみ、ツアーに定着できていない選手にとっては切実な問題となる。
もちろんツアーコーチやトレーナーが帯同している場合は、雇用主である選手が、コーチたちの人件費や宿泊費や交通費を支払っている。

ここからは2018年シーズンの年間獲得賞金を紹介していく。

まず、日本男子では、錦織圭(ATPランキング7位、6月24日付け、以下同)は、375万8923ドル(US)(シングルスの賞金のみ、以下同)。
西岡良仁(67位)は、50万8047ドル。
ダニエル太郎(110位)は、48万1511ドル。
伊藤竜馬(159位)は9万1342ドル。
添田豪(162位)は、9万7589ドル。
内山靖崇(182位)は、6万8692ドル。
杉田祐一は(258位)は、57万9556ドル。
男子ダブルススペシャリストのマクラクラン勉(ダブルス34位)は、40万7321ドル。

男子の“ビッグ3”は、
ロジャー・フェデラー(3位)、759万9234ドル。
ラファエル・ナダル(2位)、866万3348ドル。
ノバク・ジョコビッチ(1位)、1260万9673ドル。

一方、日本女子では、
大坂なおみ(WTAランキング2位、6月24日付け、以下同)は、639万4289ドル。
土居美咲(110位)は、8万2600ドル。
日比野菜緒(117位)は、13万9280ドル。
奈良くるみ(172位)は、27万4271ドル。
女子ダブルススペシャリストの二宮真琴(ダブルス56位)は、27万9838ドル。

個々の選手によって異なるが、一般的に賞金ベースだけで年間の黒字化できる指標としては、シングルスドロー数128のグランドスラムの本戦にストレートインでき、世界のトップ100に入っていることが条件といわれている。ただ、飛行機の移動でビジネスクラスを使うのか、エコノミークラスを使うのかでも経費の差は大きく異なり、選手の採算ラインは個人差があるので、一概には言えないことは断っておきたい。

日本人選手の場合は、完全なフリーとして賞金だけで活動している事例はほとんどなく、選手にとっては幸いなことに所属先があったり、あるいは実業団に入って会社からのサポートがあったりするので、獲得賞金だけでやりくりしているのは稀なケースとなる。世界のトップ100に入れていないのに所属先があるなんて、海外選手からすれば羨む環境なのだが、たとえ勝てなくても、ある程度プロテニス生活を続けられることから、この状況が日本人選手の甘えの温床になっている部分もある。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。