そのサンバイザーには、正面に用品契約を結んでいるキャロウェイのロゴ、ひさし部分に所属契約を結んでいるCASIOのロゴ、右サイドに2008年からスポンサー契約しているANAのロゴ、左サイドにイメージキャラクターを務めているアサヒ飲料のロゴが輝いていた。さらにサンバイザーの後ろには、アドバイザリー契約を結んでいる山本光学のスポーツアイウェアが丁寧にかけられていた。

PGAツアーに果敢に挑戦したものの、勝利を挙げることができないまま故障が発生し、彼の挑戦を無謀だと批判する声もあったが、それでも彼の周囲にはスポンサーが絶えなかった。2011年に無免許運転事件を起こし、自動車メーカーや当時の所属先がスポンサーから離れたこともあったが、2013年4月からCASIOと所属契約を結び、今もサポートを受けている。

所属先のCASIOが主催する「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」は、現在は高知県のKochi黒潮カントリークラブで開催されているが、1981年の大会創設から2004年までは戦いの舞台である鹿児島県のいぶすきゴルフクラブで開催されていたことは、石川遼も当然知っていたはずだ。

だからこそ、大会の開催すら危ぶまれた悪天候に見舞われながらも、「大会が開催されるからには、やっぱり自分が勝って、大会を開催してよかったと皆さんに思ってもらえるように、それを目指して頑張って、7打差くらいまで開いたんですけど、そこから皆さんの力で戻ってこられたと思います」と優勝インタビューで感謝の気持ちを口にする姿に、彼の人間性の素晴らしさを感じずにはいられなかった。

2007年5月に「マンシングウェアオープンKSBカップ」で15歳245日のアマチュア優勝を達成してから、石川遼は一躍、男子ツアーの中心選手となった。

2008年11月には「マイナビABCチャンピオンシップ」でプロ入り初優勝を挙げ、2009年には「~全英への道~ ミズノオープンよみうりクラシック」、「サン・クロレラ クラシック」、「フジサンケイクラシック」、「コカ・コーラ東海クラシック」で年間4勝を挙げ、高校3年生で賞金王に輝いた。

2010年5月の「中日クラウンズ」では最終日に12アンダー58(パー70)をマークし、劇的な逆転優勝を飾った。このころは石川遼のことを悪く言う人はほとんどいなかった。

風向きが変わってきたのは、先述した2011年の無免許運転事件。米国で取得した国際運転免許証で、日本国内では無効であるにもかかわらず車を運転したことで、埼玉県警に道路交通法違反容疑で書類送検された。

このタイミングがちょうど、東日本大震災で日本全体が悲嘆に暮れていた直後に、松山英樹がマスターズでローアマチュアを獲得し、うれしいニュースが飛び込んできた矢先の出来事だったので、大きな批判を浴びた。

その松山英樹は2011年11月の「三井住友VISA太平洋マスターズ」でアマチュア優勝を達成し、2013年にプロ転向して「つるやオープンゴルフトーナメント」、「ダイヤモンドカップゴルフ」、「フジサンケイクラシック」、「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」で年間4勝を挙げて賞金王に輝いた。

そして2014年からPGAツアーに本格参戦を果たし、6月の「メモリアル・トーナメント」でPGAツアー初優勝を挙げると、「石川遼は日本のエースにふさわしくない。松山英樹こそが日本のエースだ」という論調に変わっていった。

その後、松山英樹は2016年2月の「ウェイスト・マネジメント・フェニックス・オープン」、2016年10月の「WGC-HSBCチャンピオンズ」、2017年2月の「ウェイスト・マネジメント・フェニックス・オープン」、2017年8月の「WGC-ブリヂストン招待」と、順調にPGAツアーでの勝利を積み上げた。

一方、石川遼は2012年3月の「プエルトリコ・オープン」と2013年10月の「シュライナーズ・ホスピタルズ・フォー・チルドレン・オープン」で2位という成績があったものの、その後は故障の影響もあって成績が下降し、2017年にPGAツアーからの撤退を余儀なくされた。

このような状況になったとき、次のような声をよく耳にした。「松山英樹と石川遼は、田中将大(ニューヨーク・ヤンキース)と斎藤佑樹(北海道日本ハムファイターズ)みたいに差がついちゃったね」と。

だが、この見解は完全に間違っている。田中将大は2007年から2013年の7年間に東北楽天イーグルスで99勝(35敗)という成績を残し、2014年にニューヨーク・ヤンキースへ移籍してからも2018年までに64勝(34敗)を挙げているが、斎藤佑樹は2011年から2018年の8年間に北海道日本ハムファイターズで15勝(24敗)しかしていない。

一方、松山英樹は日本ツアー8勝、PGAツアー5勝に対して、石川遼は2017年の時点で日本ツアー14勝を挙げており、日本での実績は彼のほうが上だ。松山英樹が日本人男子で最も格上なのは間違いないが、石川遼が2番目に力のある選手であることはずっと変わらない。

それを証明してみせたのが今回の優勝だった。この優勝により、石川遼の世界ランキングは300位から183位にジャンプアップした。7月7日時点で彼よりも世界ランキング上位にいる日本人選手は、松山英樹(29位)、今平周吾(71位)、星野陸也(99位)、小平智(106位)、池田勇太(122位)、時松隆光(165位)、川村昌弘(166位)、稲森佑貴(175位)、藤本佳則(181位)の9人。

他の選手には申し訳ないが、2020年の東京五輪に出場するのは、やっぱり松山英樹と石川遼の2人であってほしい。2020年6月22日の選手選考まで時間は十分にある。不振でも支えてくれたスポンサーのためにも、ここからの強烈な巻き返しに期待したい。


保井友秀

1974年生まれ。出版社勤務、ゴルフ雑誌編集部勤務を経て、2015年にフリーランスとして活動を始める。2015年から2018年までPGAツアー日本語版サイトの原稿執筆および編集を担当。その他、ゴルフ雑誌や経済誌などで連載記事を執筆している。