「打席にも立たせてもらいましたし、そういう意味では、この球団で自分というものを作ってきたので。本当に感謝しかないです。16年間あっという間でしたし、いろんな人の支えがあったので。この先どうなるかはわからないですけれど、自分のやってきたことを信じて、新しい野球人生を頑張ります」と取材に答えた。
今オフ、巨人では阿部慎之助、阪神でも同僚メッセンジャーが引退。きれいな引き際と今回の鳥谷退団を照らし合わせると、あまりに対照的で考えさせられることは多いが、ここではあまり触れない。鳥谷の来季の可能性と近い将来について考えてみたい。今後自由契約選手となり、移籍先を探すことになる。選手会との取り決めで、自由契約となった選手が公平になるように、新たな契約を結ぶことができるタイミングが決められている。今オフは11月13日に大阪・舞洲のシティ信金スタジアムで予定されているトライアウト終了後となっている。
近年のストーブリーグを振り返ると、球団を代表するようなレジェンド級の野手が厳しい状況が続いている。ソフトバンクで三冠王に輝いた松中信彦は2015年オフ、自ら退団を選択したが、移籍先が決まらず、1年後に引退した。17年オフ、巨人を自由契約となった村田は翌年独立リーグのBCリーグ栃木に加入、NPB復帰を目指したが、オファーは届かず、引退した。18年オフ、阪神を自由契約になった西岡も村田同様に栃木に加入し、NPB復帰を目指して今季プレーを続けている。球団の戦力を編成する担当者から「投手はいくらいてもいい」とよく聞くが、野手については首を振られることが多い。1軍でそれなりの働きが見込めるならば別だが、実績のある選手を2軍に置くことになれば、若手野手の出場機会を奪うことになり、現場としてはどうしても重い存在になるからだ。
今季は打率・207、0本塁打、4打点と打撃で成績を出せなかった鳥谷だが、走塁も守備も大きな衰えを見せているわけではない。鳥谷という選手を評価する上で見落とされがちなのは、四球の数だろう。通算1046は現役トップ。20年ほど前の話になるが、四球について世界の本塁打王、ソフトバンク・王貞治球団会長からこんな話を聞いたことがある。
「本塁打の記録(世界記録の868本塁打)はいずれ、松井君(秀喜、巨人→ヤンキースなど)か小久保(裕紀、元ソフトバンク)に抜かれると思うけど、四球の記録の方はなかなか難しいんじゃないかな」。本塁打の記録はゴジラにも愛弟子にも、令和の世になっても、世界の誰にも超えられていないが、王会長が持つ歴代1位の通算2390四球も、2位の落合博満(1475)に大差をつける比類なきマイルストーン。価値は単打と同じで、投手に最低4球は投げさせることになることを考えれば、相手に少なからずのダメージを与えることになる。先頭打者で四球を選んだ場合、試合の流れを引き寄せる事も多く、得点に繋がりやすいため、出塁率重視の大リーグでも重要視されている。そういった意味では鳥谷はトータルプレーヤーで、代打や代走、守備固めのような一芸に秀でて重宝されるタイプではない。
鳥谷ほど実績がある選手がトライアウトを受験することは考えにくい。鳥谷はやはりスタメンで起用してなんぼの選手。年俸は今季の4億円から大幅ダウンになるだろうが、そこに大きなこだわりはないだろう。走攻守で高いレベルを維持しており、レギュラーでなくても、けが人が出た場合など、来季スタメンを任せる力がある判断をする球団が出てくれば、今後に大きな光が差し込むことになるだろう。現状で明確な獲得意思を示している球団はないが、来期陣容が固まる10月17日のドラフト会議後、内野手強化の必要が残る球団が動き出すとみられる。
阪神できれいに引退した選手は、その後、監督、コーチに就任するケースが多い。2012年には当時の南信男球団社長から「進退について考えてほしい」と一任され、自ら引退を決めた金本知憲は16年から3年間1軍監督を務めた。ひじの故障に泣き、10年限りで引退した矢野燿大現監督も、金本の後継監督に就任した。最近では甲子園で引退セレモニーを行った福原忍、安藤優也が、ユニホームを脱いだ翌年から2軍の育成コーチに就任し、指導者への道に入った。監督人事は阪神電鉄本社会長である球団オーナーの専権事項ではあるが、コーチ人事は原則球団のマター。球団本部にある人事構想と、現場を仕切る監督の考え、選手が現役を退くタイミングがうまく一致すれば、スムーズに入閣するケースが多かった。
今回、球団から引退を勧告された鳥谷に対し、来季コーチ就任の打診がなかった模様だが、それは将来の監督候補と位置づけており、すぐに下積みのような経験をする必要はないと考えられていたようだ。
吉田義男が3度、村山実(故人)が2度、指揮を執ったようにタイガースには監督再登板の歴史がある。だが、ここ数年の阪神電鉄本社首脳は、再登板には否定的だった。特に2015年に球団創設80周年を迎えたあたりから、その考え方が強まった。ある幹部は「球団創設80周年のときに、OBやレジェンドと呼ばれるみなさんに最大級の敬意を払った。これからは新しいタイガースをつくっていきたい」と話し、金本、矢野阪神の誕生につながった。阪神は巨人同様、監督をOBにこだわってきた。暗黒時代と呼ばれた90年代、時の久万俊二郎オーナーが決断し、野村克也、星野仙一(故人)を連続招へい。初のアウトソーシングを実現させた。2代続けての大物外様監督で改革を断行し、2003年の優勝につながった。2004年以降、観客動員も300万人前後を推移し、05年に岡田彰布監督で優勝。以降チーム成績も比較的安定したため、外部招へいの必要性もことさら議論されなくなった。巨人と並ぶ伝統球団というプライドもそこにはあり、電鉄幹部が「どうしても外部に人の力が必要な状況になったら考えるが、そうでなければOBでいきたい」とはっきりと明言していた。OBが監督になれば、組閣も組みやすいというメリットもある。
最近の阪神監督OBといっても、阪神生え抜きと他球団を経て阪神で現役を終えた2タイプがある。岡田彰布は晩年オリックスでプレーしたが、和田豊同様、生え抜きと分類していい。他球団である程度プレーしてから、トレード、フリーエージェントで加入した真弓明信、金本知憲、矢野燿大についてはある球団幹部は「ハイブリット型」と称していた。
真弓は西鉄(西鉄→クラウンライター)からトレードで加入、金本は広島からFA移籍、矢野は中日からトレード加入。他球団を経験しているので、いわゆる阪神ワールドの考え方に染まり切っておらず、阪神の長所と短所も把握した上で、チームを運営できるというメリットがある。その一方、生え抜き古参のOB連中とは緊張関係に陥りやすい。
ここまで書いた阪神監督についての現状分析に、極めて個人的な主観とこれまでの取材経験を照らし合わした上で、将来の監督候補を探すと、福留孝介と鳥谷敬が極めて有力な候補者になる。中日から大リーグを経て阪神にやってきた福留は、金本、矢野と同じハイブリット型になる。時には若手に厳しく接し、愛情もある。卓越した打撃技術と野球理論があり、打撃不振に陥った選手が教わりにいっているのは、本当の話だ。阪神は鳥谷同様、福留を将来の監督候補としてしっかりとバインドしてほしい。球団幹部から「ご心配なく」と言われそうだが…。
阪神で16年間プレーした鳥谷が来季他球団でプレーすることになっても、岡田彰布と同じ生え抜き型として、位置づけられるだろう。藤田平に続き、生え抜き2人目の2000安打を放ち、一度も2軍落ちがないエリートは、阪神が監督をOBに限定する限り、王道を歩むそのキャリアが目に留まらないはずがない。後輩たちからの人望もあり、我先にとコーチに名乗りを上げそうな人材がいそうで、組閣に困ることもなさそうだ。慶大閥の阪急(現オリックス)に対抗して、阪神は同じ東京六大学の早大の選手を将来の幹部候補含みで獲得してきた。中村勝広(故人)、岡田彰布の系譜を受け継ぎ、選手の実績はその先輩をしのぐ鳥谷のキャリアは燦然と輝いている。
岡田彰布はスコアラーへの転身を拒否し、涙の退団会見を行った。真弓明信も鳥谷同様球団の引退勧告を拒否して、最終戦で準備された引退会見をドタキャン、しかし移籍先は決まらず、年が明けてから引退した。阪神で初めて引退試合を行った掛布雅之は今オフ、阪神のシニア・エグゼクティブ・アドバイザーを退き、退団する。2016年から2年間、ファームの監督を務めたが、1軍監督になることはなかった。
阪神が監督をOBに限る限り、看板選手の引き際がどうだったかは、あまり関係ないのである。鳥谷が監督として再びタテジマを着る日はそんなに遠い日のことではないだろうと楽観的に考えている。
それでも鳥谷は将来阪神の監督になる
阪神は14日、巨人とのクライマックスシリーズファイナル(東京ドーム)に1-4で敗れ、1勝4敗となり、シーズンが終わった。球団からの引退勧告を拒否し、現役続行を目指して退団する鳥谷敬内野手(38)にとっては、タテジマ最後の試合になった。1―4の九回2死から代打で二ゴロに倒れて最後の打者となった。
(C)共同通信