画期的な招致

ラグビーW杯(以下、W杯)を日本で開催すること自体が画期的なことだった。ラグビーは北半球のイングランドやフランス、南半球のニュージーランドやオーストラリアなど一部の伝統国・地域が強さを誇り、W杯も1987年の第1回大会以降、当該エリアで実施されてきた。そこに日本が果敢に挑んだ。2011年大会の招致に立候補したのだ。森氏は招致委員会の会長として陣頭指揮を取り「ラグビーがグローバルなスポーツになるために、アジアでの開催は大きな意味がある」と訴えた。しかし2005年11月の開催地決定でニュージーランドの前に屈した。

自身も学生時代に競技に打ち込み、早稲田大ラグビー部に籍を置いていたこともあった。楕円形のボールへの愛情は折り紙付きだ。一度の失敗にもあきらめず、再度招致に動き出すと世界各国に働き掛けた。そして2009年7月、世界三大スポーツの一つに数えられるビッグイベントの10年後の日本開催を見事に勝ち取った。

2015年に湧き起こった新国立競技場の問題では、森氏に悪役の印象がつきまとった。当初、W杯のメイン会場を想定していたが、建設費用の増大が明らかになって計画の見直し論が出てきた。その際、W杯を新国立競技場でやりたいがために森氏が見直しを拒んでいると批判が上がった。結局、同年7月に安倍晋三首相が建設計画を一度白紙に戻す決断を下したことによって完成時期がずれ込むことになり、新国立でのW杯開催の可能性は消えた。冒頭で紹介した投稿の「新国立のこけら落としに…」はこの件に絡んでのものだ。

アジア初開催となったW杯はふたを開けてみれば、予想を上回るほど多大な注目を集めた。日本がロシアに勝った開幕戦では、東京・味の素スタジアムに4万5千人以上が来場。南アフリカがイングランドを破った決勝では、横浜・日産スタジアムに7万103人の大観衆が集まった。同会場で2002年に行われたサッカーのW杯日韓大会決勝は6万9029人で、それを上回った。もし新国立競技場というシンボリックな建物で開幕戦や決勝を実施していたら、エポックメーキングな一場面として、今とは違う彩りも添えられて後世に語り継がれることになったかもしれない。

【参考】招致活動の流れ

ご新規さま

SNSには「チケットが余ることなんかない」とあったが、実際、大会のチケット販売率は99・3%の驚異的な数字に上った。日本の快進撃が飛躍的な盛り上がりに寄与したことは間違いない。アイルランド、スコットランドの伝統チームを撃破して1次リーグを堂々の4戦全勝で首位通過。史上初の8強入りを果たした。準々決勝で南アフリカに屈したが、ひたむきな戦いは列島を感動の渦に巻き込んだ。試合会場は軒並み満員に近い状態。大型ビジョンで試合観戦ができ、各地の名産品なども楽しめる全国16カ所の「ファンゾーン」の入場者数は、速報値でトータル約113万7千人とW杯史上最多を更新した。

特筆すべきは、日本が大会から去った後も高い関心が継続したことだった。準決勝以降の4試合の会場もほぼ満員だったほか、会場以外でも人々は興味を持ち続けた。例えば、ともに地上波で放送された準決勝2試合の平均視聴率はウェールズ―南アフリカ戦が19・5%、イングランド―ニュージーランド戦も16・3%、また、決勝は20・5%(いずれもビデオリサーチ調べ、関東地区)と高い数字をたたき出した。そもそも野球やバレーボールなど、日本代表が絡まない国際試合はBS放送などで中継されることもよくあるが、堂々と地上波で流され、多くの視聴者を獲得した。

〝にわかファン〟が多く出現したのも象徴的だ。反則の種類をはじめルールが複雑で、取っつきにくさのあるラグビー観戦。これまで詳しく知らなかった人たちがW杯に触れ、変に知ったかぶりをすることなく自分たちを〝にわか〟と称して楽しんだ。裏を返せば、新規のファン層を開拓した証拠でもある。中継テレビ局や新聞各紙は初心者向けに分かりやすいルール説明を試みるなど、工夫して需要に応じた。10月下旬のハロウィーンでは街には仮装した人たちであふれかえった。その中には南アフリカのスクラムハーフで、小柄ながら闘志あふれるプレーでチームを引っ張った長髪のデクラークにふんした若者も目立った。海外チームの選手の存在も広く認知された。

再吟味

日本が敗退した後や大会終了後、〝ラグビーロス〟という言葉もよく聞かれる。それほど国民に余韻を残したが、このまま人気スポーツとして日本に根付くのか。変化の表れはある。チームの中で注目されやすいのはこれまで、トライゲッターのウイングや司令塔のスタンドオフなどバックス中心の目立ちやすいポジションの傾向があった。それが今回、縁の下の力持ちといえるフォワード陣もたびたびクローズアップされ、フォワードの選手だけでテレビ番組に呼ばれたこともあった。直接トライを奪う場面は少ないものの、スクラムやモール、ラックの密集で体を張り、チームの根幹をなす貴重な戦力だ。それだけラグビーへの理解度がじわじわと底上げされていると捉えられる。

人気お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志さんに似ているとして話題になったトンガ出身のフォワード、中島イシレリ(神戸製鋼)がテレビ番組で〝食リポ〟したり、他の選手たちもイベントに引っ張りだこだったりと、これまでより断然、日本代表が社会の中で身近になっている感覚がある。W杯の日本代表メンバー31人のうちこれまでで最多の15人の外国出身選手が入り、韓国出身のフォワード具智元(ホンダ)は優しいキャラクターで人気が急上昇するなど、社会の多様性を示すダイバーシティーという点でも日本代表の存在感は光っている。

前回2015年W杯で日本が南アフリカから大金星を奪って一時的なブームが起きたが、その後が尻すぼみになった感は否めない。今回は上記の現象に加え、プロリーグ創設の話題が出てくるなどムードが明らかに異なる。W杯でベスト8に入ったこともあり、日本代表が早くも来年にイングランド、アイルランド、スコットランドとテストマッチで戦えることになったのも意義深い。流れを今後につなげるには、ラグビー界一丸での取り組みが不可欠だ。現在82歳の森氏。将来、2019年W杯を振り返ったとき、新たなムーブメントを巻き起こした功労者として高く評価される可能性は十分にあるだろう。政界の荒波を生き抜いた人物でもあり、その言葉を今一度吟味し直すときかもしれない。


VictorySportsNews編集部