今までのスポーツ中継の多くは放映権の観点もあり、映像に関しては中継局などのTVを中心に据えることが多かった。しかし、今回のW杯ではNHKや日本テレビ、J SPORTSなどの中継局と共に盛り上がったことは変わらないが、特筆すべきはSNSを含むデジタルでの発信の優先順位の高さだったと言う。

◇デジタルファーストの視点

まずは映像の仕組みから整理してみる。オリンピックでのIOC、サッカーW杯でいうFIFAにあたるのがワールドラグビーだ。ワールドラグビーが権利元となり試合を撮影し、国際映像として各国に配信している。日本を含む各国の中継局が独自に撮影できる試合映像は限られ、基本的にはワールドラグビーから配信されているリアルタイムの国際映像に実況や解説をのせて放送している。また今回のW杯は撮影にかかったカメラの台数も桁違いだ。試合を様々な角度から撮影するだけでなく、選手入場、ロッカールームなどスタジアムにもよるが最大40台近いカメラが設置された。

今回のW杯の大きな特徴としては、国際映像を含む全ての映像コンテンツがデジタルチームにも集約されていたという点だ。各国代表のマネージャーとも密に連携し、デジタルチャネルのためのコンテンツ連携がとられていたそうだ。独自の映像だけではなく各国の代表チームともここまで連携しているのはラグビーW杯だけだろう。それ以外にも試合会場内以外にも最大7チームのカメラクルーが、全国を飛び回わり周辺の盛り上がりやファンの様子などの映像を撮影し、素材を集めていた。この膨大な量の映像がデジタルチームに集まり、スタッフが4ヶ国語(日・英・仏・西)の各SNSに合わせて編集して即座に投稿されたという。すべての物事をデジタル中心に考えていく。まさにそれが今回のW杯を成功に導いたとも言える”デジタルファースト”なのだ。

【参考】デジタルチームがあらゆる映像を集約している

またその速さが素晴らしいと、組織委員会関係者は付け加える。

リアルタイムで中継されている映像から遅れること約5分足らずでSNS用の動画や素材が編集、格納されてSNS用として使用できる。当然放映権料を支払っている各中継局がリアルタイムで放送するのだが、中継を見ることの出来ないファンやサポーターでもSNSを見るだけで即座に情報を知り、映像を見ることが出来る。それが個人のSNSでも拡散され更に多くの人の目に触れてあらゆる場所からラグビーに関する情報を得ることが出来たのだ。またSNSから発信した情報をテレビ局が取材し、ニュースや特集が組まれることもあったということも非常に面白い。SNSを中心とした2次的3次的な波及が“にわかファン”を生むきっかけになったのではないだろうか。

◇ラグビー日本代表は公式インスタグラムをやっていなかった

今回のW杯に出場した全20チームの内、日本代表だけがチームとして公式のインスタグラムを持っていなかった。日本代表チームのSNSと言えば選手個人のアカウントもしくは大会組織委員会オフィシャルアカウントのみだ。改めて見てみると大会組織委員会の投稿は日本代表の裏側などの投稿が他のチームに比べて明らかに少ない。チームとして撮影していないのであれば、ワールドラグビーのデジタルチームにも素材は少ない。当然と言えば当然なのだが、映像がないのであれば発信もできないし、蓄積も出来ない。インスタグラムだけに限らず公式SNSを持たない理由は様々あろうとは推察できるが、日本代表も世界基準の実力を発揮した大会だっただけに非常に勿体ない。

【参考】W杯出場20ヶ国のオフィシャルインスタグラムのフォロワー数

◇スポーツにおけるSNSの重要性

ワールドカップラグビーのデジタル戦略は成功例として挙げられるのだが、実際にここまで取り組もうとすると手間とお金がかかる。SNSは手間がかかる上に広告収入などと違い収入に直結することが少ないため多くの競技団体やチームが重要性を理解しながらも活用できないという話を聞いたことがある。
しかし、スポーツにおけるSNSは広告収入を得るためのものではなく、一般の人々やファンが“行ってみたい”というエンゲージメント(期待値)を上げていくためのものであると考える。そのためには、ただ写真やコメントを上げるだけではなく、記事の面白さ、選手やチームの裏側などストーリーが必要になってくる。そのストーリーが共感されることでシェアやいいね!などのアクションに繋がって拡散が見込めるというわけである。

更にSNSの最大の利点は海外に向けても発信できるということだ。マーケットをアジア圏や全世界に拡げていくのであればSNSを有効的に使うべきである。2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催され、海外から多くの観光客が訪れる。海外に向けて日本のスポーツのファンを増やしていくには最大のチャンスだ。各競技団体は、ラグビーW杯のように今こそSNSをうまく活用し、日本だけでなく海外のエンゲージメントを高めていく時ではないだろうか。


朝日昇

PR会社でスポーツ関連のプロモーション業務などに従事した後スポーツライターに転身。国内外問わずスポーツ取材を行い執筆を行っている。