日本代表がW杯の準々決勝で敗れたあたりからは、世間で「ラグビーロス」というフレーズも漂った。もっともその時、国中で一切ラグビーの試合がおこなわれていなかったわけでは決してない。W杯組の多くがその門をくぐった大学ラグビーシーンは、東西の主要リーグが12月1日まで継続。一部の人気カードのみが多くの観客を集めるなど、ブームの前とほぼ変わらぬ風景が見られた。「一見さん」を惹きつける過熱ぶりは、年内で落ち着くかもしれない。

ラグビー界にとっての2020年は、さらなる固定客を掴むための勝負の年である。

忘れられない現象が、4年前の秋にあった。

2015年11月13日の金曜夜、東京・秩父宮ラグビー場での日本最高峰トップリーグの開幕戦。「前売り券完売」と銘打たれていたなかスタンドには空席が目立ち、公式入場者数はその前年度初戦の11162人を下回る10792人を記録した。日本代表がイングランドでのW杯で歴史的3勝を挙げた直後のこと。当時から代表選手だった日本大会組の田中史朗はこの折、統括団体の日本ラグビー協会(日本協会)の責任者に怒りの電話をかけた。

日本協会の試合直後の説明によると、「完売」は「一般販売数5000枚」に限られたとのこと。出場チームが日本協会から買い取っていて低迷期を支えた日付なしチケット(どの試合にも入場できる)の利用率を「このラグビーブームの只中だから(開幕戦で使用するファンが多いだろう)」と見誤ったため、と発表された。

さらにこの日付なしチケットの販売枚数については、売った日本協会と買い取った参加チームとで見解が食い違っていた。チーム関係者は「そもそも事前に『今年は販売枚数を抑える』と通告されていた」とした。

この現象はしばらくあちこちの会場で続き、各グラウンドで確認を求める記者団へ、ある地方協会の関係者は「五郎丸(歩=当時の日本代表フルバック)選手が人気だから、そちらへ(無料招待券のファンが)行かれたのでは」と呑気に答えたもの。当時の会場で顧客調査がなされた形跡もなく、ブームは一過性のものとなった。

同じ轍は踏みたくなかろう。2019年6月下旬に体制刷新した日本協会は、それ以前からトップリーグ部門に各クラブの有識者を参入させるなど血を入れ替えてきていた。SNSの活性度合いは4年前に比べれば雲泥の差で、チケット問題への対処法としてはチームへの販売枚数を減らすなど、実数把握に努めている。

「チケットラグビー」によれば秩父宮での開幕節の指定席一般販売は一時ソールドアウトだったが、12月5日には日本協会が「機材席や競技運営席等の見直し」によって第1~10節のチケットの追加販売を発表。それまで実数を把握していたためにできた措置だろう。

そもそも4日までの時点でも、地方会場での開幕節の自由席券はいくらか残されていた。裏を返せば、新規顧客が「ラグビーロス」を早急に埋めるチャンスはかなり残されているのだ。

日本協会から買い取るチケットをファンクラブの会員特典にしているあるチームは、ファンクラブの入会者数激増に伴いチケットのプレゼントを抽選制にした。従来の固定客にはよい報せとは言えないだけに、当日の会場の入り具合への期待は高まるばかりだ。

晴れてスタジアムが人、人、人で埋まっても、開幕節は真冬の1月におこなわれる。極寒のなか初めて観戦したファンをリピーター化する仕掛けも、当日の注目点となろう。一方で日本のサンウルブズが参加する国際リーグのスーパーラグビーとシーズンスケジュールの多くが重なる点など、以前の執行部の決断が残した課題もいまだに横たわる。

「ラグビー界にとって、いまはいい勢いがついてきている時。この勢いはなくしたくないですし、選手はしっかりプレーに集中する」とは、W杯で5トライをマークした松島幸太朗。いつでも満員のスタンドを沸かせられるよう、淡々と準備を重ねる。その環境は以下に整えられ、いかに継続させられるだろうか。


向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、ラグビーのリポートやコラムを『ラグビーマガジン』や各種雑誌、ウェブサイトに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。