昨年12月11日、東京・銀座で本人が懇意にするシャンパンブランド モエ・エ・シャンドンのイベントに参加。ワールドカップ日本大会の日本代表である松田力也と対談した。

ずっとカーターのプレーを見てきたという25歳の松田が司会者に「カーター選手に何か質問はありますか」と問われ「ずっとカーターさん1人だけを追って試合を観ていて…。恥ずかしくて聞けない。それだけの存在です」と困ったように笑うと、カーターが粋な返答をした。

「逆に私は、将来のスターと一緒にここにいる。私の子どもたちが大きくなって松田選手のプレーを見る。それを楽しみにしています」

今年1月に神戸製鋼の国内トップリーグ18季ぶりの優勝を決めた際は、クラブ内のベテランの名を挙げ「彼らのことを思ってプレーした」という旨を語ったカーター。いつも自然体で、周りを見ている。

「ラグビーはストレスやプレッシャーのかかるスポーツですが、そうしたものを押し隠して、自分自身をリラックスさせようと心がけてきました。私はもともと田舎育ちでした。リラックスした環境下で育ってきました。十分な準備をする。これが私にとっての仕事への心構え。準備を重ねながら試合に挑んできたことが、いまの自分を形成していると思います」

ニュージーランドはクライストチャーチ郊外のサウス・ブリッジで生まれたカーターがこう話したのは、今回のイベントが始まる約2時間前。単独取材に応じ、自らのスタンドオフというポジションについて提言を残してくれた。

カーターが務めるスタンドオフとは、自動車のハンドルにあたる働き場だ。

攻撃陣形の中心に入り、彼我のスタミナやプレーの傾向、点差、時間帯、風向きなどを見たうえでチームがおこなうプレーを選ぶ。周りの声を聞きながらベストな決断を下す、情報処理能力と判断力が求められる。その延長で、的確にスペースを破ったり陣地を獲得したりするラン、パス、キックのスキルもマストだ。

カーターはこの複雑なポジションを全うし、2015年までワールドカップ2連覇を果たしたのだ。相手に身体の正面を向けてスペースにパスを離すその技術は、簡潔だが簡単ではない。

「私は子どもの頃、裏庭で友達とラグビーをしていたのです。その頃から自由にボールを投げ、蹴っていました。ニュージーランドにはいいコーチが多く6歳からコーチの付いたチームでやっていますが、私のいまの技術のベースのほとんどは裏庭で作ったと思っています」

何度も話したかもしれぬ自身のルーツにまつわるストーリーを紹介しながら、スタンドオフというポジションの要諦をこう述べた。

「自分がプレーメーカーであることを意識しながら、相手ディフェンスのメンバーがどんなことをするのかなどの流れを見て、常に先読みしていく。あらゆるスキルも必要です」

日本ラグビー界は、このスタンドオフの養成に難儀する傾向がある。

2019年までの約4年間、日本代表は現在30歳の田村優を不動の背番号10に据えてきた。「皆がいいプレーをすることで、最後に僕がいいプレーを」と、ジェイミー・ジョセフヘッドコーチのもとでパス、キックを大胆に使う。

一方、第2集団の立場は流動的。ワールドカップの全5試合でリザーブだった松田は、所属のパナソニックでは持ち前のタフさを活かしてインサイドセンターを務めてきた。国際リーグのスーパーラグビーに挑むサンウルブズでも本来と違う位置に入ることが多く、意思決定者としての経験値を積むのに苦労してきた。

パナソニックには山沢拓也というスタンドオフもいて、日本代表のエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチはその才能を高校時代から買っていた。ただしジョセフ体制下では、優れたボディバランスとキックのバリエーションを活かす機会が限られた。

さらに田村は、「いまの日本のラグビーのシステムだと、(若手スタンドオフは)育ちにくい」と問題提起。大学生選手が国内トップリーグに参加した際に起こる現象を、こう説明した。

「どのチームも勝たなきゃいけないので、(スタンドオフに)外国人を連れてきて…となると、大学生上がりの日本人は(ポジション争いで)太刀打ちできないことがあります。僕はたまたま(最初に入った)NECにスタンドオフがいなくて、1年目(2011年度)から辛抱強く使ってもらって、そこからジャパンに。本当にラッキーだった」

確かにトップリーグの各クラブでは、スタンドオフにカーターのような大物や海外の若手有望株を招くケースが少なくない。松田と山沢のいるパナソニックには昨季まで現リコーで元オーストラリア代表のべリック・バーンズが在籍。一昨季まで2連覇のサントリーでも過去にはサモア代表のトゥシ・ピシが当時の日本代表だった小野晃征と併用され、いまはオーストラリア代表経験者のマット・ギタウが田村の弟でもある田村煕とコンダクター役を分け合う。

カーターやギタウのような名手は、練習中の同僚への助言などで若手に刺激を与えうる。ただし、いざ雌雄を決する大一番ではその名手自身がプレーする。昨季のトップリーグ決勝でも、神戸製鋼とサントリーの先発スタンドオフはカーターとギタウだった。

日本人スタンドオフは、実戦経験を通して上達する好循環を味わいづらい状況下にありそうだ。田村はこうも語っている。

「次の代表では外国人が10番(先発スタンドオフ)をやる可能性も高いと思います。なかなかいまの日本人の若い選手が、育っている感じはない。埋もれちゃっている。かわいそうです」

この状況を打破する術について、田村は「僕がいまの大学生だったら、弱いチームを選びます。出られそうなチームを選んで、経験を積む」。かたや実際にチームを勝たせる「助っ人」のカーターは、この件を「バランスの問題ですね」と捉える。

「日本人プレーヤーには、もっと腕を上げてもらいたいところもあります。海外の選手は(強豪国のリーグなどで)色々な経験をしている。日本人が彼らから学ぶことと、日本として将来を担う選手を(試合経験を通じて)育てること。そのバランスが大事です」

これから日本代表を目指す司令塔候補は、同僚やライバルチームの核がなぜ余裕をもった手綱さばきができるのかを学び取る。一方で日本代表側はある程度のイニシアチブを取り、有望な選手にいくらかの実戦経験を付与する。カーターの言う「バランス」とは、こういうことなのだろう。こうも続ける。

「日本の選手には一生懸命に戦う倫理観が強く、スキルも頑張って鍛えている。ただしプレッシャーがかかった状態でのトレーニングが足りないかもしれません」

「スタンドオフはロボットのように決まったことをするのではなく、状況に応じたことをしなくてはならない」

2019年までの日本代表の養成機関にサンウルブズがあった。海外の大きな選手たちを相手に有望株にトライアンドエラーを課す絶好機を作っていた。ただし、現状でサンウルブズがスーパーラグビーにいられるのは2020年まで。以後の日本ラグビー界は、いかなる形でスタンドオフ育成の「バランス」問題を解消するのだろうか。


向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年にスポーツライターとなり主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「Yahoo! news」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。