■大舞台では「パニックになった」

 早稲田大学には加盟する関東大学対抗戦Aでの対戦時(12月1日/東京・秩父宮ラグビー場)、36―7と大勝していた。ところが今度は、相手の鋭い防御と工夫された大外への攻撃に手を焼いたうえ、得点機にミスを重ねた。前半だけで0-31と大差をつけられ、陣営からはこの言葉が連なる。

「パニックになった」

 順風満帆に映るクラブが、最後の最後に思わぬ辛苦を味わった格好だ。しかし、ここ数年の強化プロセスには多くを気付かされる。

■帝王学を自分のものに

「前へ」を部是とする国内屈指の人気チームは、1923年に創部。創部以来、高校ラグビー界の綺羅星が数多く入部する傾向が続き、「元祖ミスターラグビー」こと松尾雄治、主将として日本一に輝いた吉田義人、ワールドカップ日本大会の日本代表だった田村優など多くの名手を輩出してきたが、日本一の座からはしばらく遠ざかっていた。

 2013年度に監督となった丹羽政彦は、北海道の自宅から単身赴任し寮に住み込み。部内に根付いた理不尽な因習、選手の喫煙が常態化した文化などへ段階的にメスを入れる。そして丹羽体制のラストイヤーにヘッドコーチとなったのが、現監督の田中だった。

 1997年度主将で元日本代表スクラムハーフの田中は、現役引退後、所属先のサントリーで採用やチームディレクターを歴任してきた。

 大学選手権9連覇を果たした帝京大学監督の岩出雅之、現イングランド代表指揮官のエディー・ジョーンズといった名将と、仕事を通して交流。強い学生チームを作るには規律と最上級生の自立が求められること、勝ち続ける指導者は常に学び続けていることを皮膚感覚で学んだ。指導者生活をスタートさせるや、プレー中の情報共有の大切さ、倒れたらすぐに起き上がる意識を実戦形式のトレーニングで植え付けてゆく。

 ヘッドコーチとして着任したシーズンに19季ぶりの大学選手権決勝進出を果たし、監督となった2018年度は22季ぶり13度目の優勝を果たす。京王線八幡山駅近くの練習場からはいつも、「コミュニケーション!」「B・I・G!(バックインザゲーム、倒れてから起き上がってゲームに戻るまでの時間を2秒以内に定めよとの意)」と、部内に通じる用語が響いていた。

■俺たちが明治と試合をするなら、どう戦う?

 今季も隙はなさそうだった。

 春先から快勝を重ねるなか、田中はこの調子で絶えず指導方針を見直す。

「前はペガサス(1、2軍)もベース(基本技術や肉体強化など)の部分に取り組んでいましたが、いまはそれがある程度できてきた人間が増えて(判断力や応用的な技術など)次のステージに進んでいる。そのなかでペガサスとルビコン(3軍以下)が同じ練習をするのは少しきついかな、とスタッフ間で話しています。各選手に合わせたコーチングをしないといけません」

 2軍格のチームが挑む関東大学ジュニア選手権の帝京大学戦を0―61で落とした9月22日には、フッカーの武井日向主将が出場していないのに猛省した。

「(主力の)Aチームは関係ない…ではなく、チームとして重く捉えるべき。僕自身もハングリー精神を失っているところを気付かされました。もっと厳しく練習できたんじゃないかと、自分の出た試合じゃないですが、成長させられ、考えさせられました」

さらに驚かされたのは、対抗戦を全勝で終えた直後のミーティングである。12月21日から参戦の大学選手権を控え、田中はこんなお題を掲げたのだ。

<俺たちが明治と試合をするなら、どう戦う?>

 優勝候補の最右翼と目される集団を引き締めるにあたり、口先で「油断をするな」と伝えるより数倍も効果がありそう。指揮官は、「歩いている時とかに(アイデアが)ぱっと思いつくことが多い。すぐに忘れちゃうので携帯でメモして自分にメールする」とのことだ。

「自分たちが一番、明治を知っているわけですから。であれば、何をされたら嫌かを知っておくことによって、それをやられた時に慌てるのではなく、『あぁ、そういうこともやってくるだろうな』と準備しておくのが大事です」

 選手は9名いるリーダー陣を軸に約10名ずつのグループを作り、出されたテーマについて議論。このほどサンウルブズ(国際リーグのスーパーラグビーに日本から参戦)の練習生になった4年生プロップの安昌豪は「自分たちを客観視することはあまりないけど、大事になってくる」とし、こう語った。

「自分たちの強みも(話題に)出てくる。それらに関してチーム全体で共通認識を持てたのはよかったです。明治の弱みを突くのではなく、明治の強みを出させないようにする(のでは)…。明治の強みは接点(ぶつかり合う局面)とセットプレー(スクラムなど)。ここでうまく(強みを)いかせない相手が出てきたらパニックになってミスも起こる…。そういう話が自分のグループで出てきました。そうしたこと(への対策)は試合前から準備しなきゃいけないと、改めて感じました」

■「いい準備ができたと思ったが、勝てなかったということは何かが足りなかった」

 秩父宮で挑んだ選手権の準々決勝、準決勝では、自分たちを見つめ直した歩みを結果に繋げてきた。

 まずは関西大学Aリーグ3位の関西学院大学に、接戦を強いられながら22―14で勝ち切った。武井は「まだまだ実力がないので、100パーセントの力を出さないといい内容の試合ができないと感じました。関西学院さんのファイティングスピリッツは自分たちの忘れかけていたもの。それを勉強させてもらえたのもよかった」と述べた。

 関東大学リーグ戦・1部首位の東海大学とぶつかった際は、一時退場者を出して迎えた後半のピンチを無失点で切り抜ける。29―10のスコアでファイナリストになった。

「僕たちの描いているものを選手が超えていった」

 学生たちのタフネスぶりに田中監督はこう感嘆したが、緊張感も保った。早稲田大学と控え選手同士でのトレーニングマッチを組んだ12月26日、相手の練習場である上井草グラウンドでこう話していたものだ。

「あとはそれ(ミーティングの内容)をどうグラウンドの練習に繋げるかです。机の上でだけ話して、現場で実行しなかったら意味がないので」

 丹羽体制の頃からチームに帯同する管理栄養士の山田優香さんによると、部員の身体作りへの意識は右肩上がりに向上。タフなパフォーマンスを重ねながら「パニック」の起こるリスクも最小化していたが、決勝戦ではまさかの「パニック」に泣いた。

 いったい何が、このような現象を引き起こしたのだろう。準決勝から決勝までの9日間の準備に、悔やまれる点はあるか。試合直後にそう問われた田中は、これまで通りのよどみない見解を示した。

「自分たちではいい準備ができたと思っていましたが、勝てなかったということは準備のところで何かが足りなかったこと(になる)。これからもう一度レビューして、次のシーズンに繋げなきゃいけないと思います」

 さあ、しばしのオフを経て新しいシーズンを迎える。自省する態度で余計な埃をはらった伝統校が、引き続き自分たちを見つめ直す。

向風見也

著者プロフィール 向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年にスポーツライターとなり主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「Yahoo! news」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。