50メートル走6秒台前半と足も速いこの人は、東海大仰星高(当時名称)3年時にも全国高校選抜大会、全国7人制大会、全国高校ラグビー大会で3冠を達成している。
「ポーカーでワンペアしかないのに、ロイヤルストレートフラッシュを持っているかのように振る舞える」
こちらは高校時代の恩師、湯浅大智監督の評だ。表情を崩さず、その場、その場での最適解を出し続けられるという意味だろう。
■なぜ、noteを使うのか?
『多くの記事にもあったように、試合後、この試合の決め手は「勝ちポジ」だったと、監督含め多くの選手が答えました。この「勝ちポジ」とは、Saturday Sports(筆者注・NHKのスポーツ番組のことか)でも紹介されていました。勝ちポジ=出足をよくする姿勢。言い換えると、勝ちポジ=戦う姿勢ともいえるでしょう。(中略)今年の早稲田の強みはBK(筆者注・バックス=岸岡らボールを動かし、走ることの多いポジション群)での展開力と得点力だという声をたくさんいただきましたが、この齋藤主将の代の最大の強みはDFです』(『 』内は(中略)(筆者注…)を除き原文ママ。以下同)
これは、決戦から9日後にコンテンツアプリの「note」で岸岡自身がしたためた文章である。
12月1日の対戦時に7―36と敗けた明大にリベンジを果たした最大の理由を、「DF(防御)」の改善だと解説。なかでも部内で「勝ちポジ」と命名したタックルのための体勢を、「戦う姿勢」と抽象化した。確かにこの日の早大は、鋭い出足をピンチ脱出に繋げていた。
「note」は、今年度の早い時期から活用してきた。
開始に際して大学当局やクラブの承諾を得て、「練習メニューや試合のことなど世間に出したくない情報もあるので、その辺の兼ね合いを考えながら」。記事テーマの設定には、ネットユーザーからの質問も反映した。「劣勢での戦い方」「円陣で話す内容」「理想のポジション」など、多角度的にその奥深さを伝えた。
情報発信の意図を聞かれた教育学部数学科の4年生(スポーツ推薦ではなく指定校推薦で入学)は、「始めた経緯としては複数あって…」。母校へ教育実習に出かけた経験などをもとに、こう語る。
「僕の高校は高校生が(付属の)中学生に教えるスクーリングのような形を取っていて、この時から自分より若いカテゴリーの人に教える、伝えるのが面白いと思っていました。ただ大学ではそういう機会があまりなく、何かそういうものがあればと教育実習で母校へ帰り、学問としては数学を教えて、ラグビー部の指導も…。3週間続けて教えていると、ラグビーのスキルがあがっていたり、僕が教えた授業の範囲がテストで解けるようになったりと、自分のアクションへのリアクションが明確に見えて」
自ずと、「勉強を含めて自分が一番得意」な楕円球の分野について発信したくなったのだという。
「自分が早稲田大学という社会的にも有名な組織に属していて、ラグビーエリートを育成できる環境に身を置いていると振り返ることもできました。このラグビー界には『大学は2部リーグにいるけど(国内最高峰の)トップリーグで戦いたい』という意識の高い選手もいっぱいいるのですが、彼らには環境が整っていない、考えてラグビーをやっているのに対して周りの仲間がついてこない、考えるヒントがない…ということがある。で、僕は何をしようかと。もともとは10名くらいを集めてコーチングをしようかとも思っていたんですが、それはさすがに難しい。ただインターネット、SNSを通しての発信が一番簡単に早く始められると思ったんです」
■3本のキックに秘めた思い。
決勝戦で印象的だったのは、前半23分頃のワンシーンである。
『点差は10点リードの場面。次の得点を掴んだ方が、試合の主導権を握ることが出来る時間帯(筆者注・早大が10―0としていた)。なんとしても得点をしたい明治、時間を使いながら3点(筆者注・ペナルティーゴールなどによる加点)でもとることを目標としていた早稲田』
勝った背番号10が振り返る通り、この時の早大は自陣22メートルエリアから岸岡が蹴ったのを機にキック合戦を開始。早大フルバックの河瀬諒介が自陣中盤右から放った弾道は狭いインゴールエリアでぴたりと止まり、明大のドロップアウトから試合が再開された。
ドロップアウトとは、ボールを持つ側が自陣22メートル線エリアからキックを蹴り上げるプレー。短いキックを蹴って味方に再獲得をさせるか、長いキックを蹴ってその弾道を揃って追いかけるかはそのチームに委ねられる。
ここで明大スタンドオフの山沢京平は、早大から見て自陣10メートル線付近の中央へ長距離砲を打ち込む。まず陣地を確保し、じっくり得点機をうかがう算段だ。
捕球したのは、岸岡。どう陣地を奪い返すかに注目が集まるなか、選んだプレーはドロップゴールだった。地面に弾ませたボールに足を当てるキックだ。
『ドロップアウトになった瞬間、僕は周囲にいた選手、齋藤、河瀬には「狙う」と伝えました』
ドロップゴールがポールの中央を通過すればチームに「3点」をもたらすが、岸岡が放った地点は自陣10メートルエリア。以前にも長距離のドロップゴールを決めたことがあるとはいえ、スタンドのファンにとっては大胆な選択に見えたろう。
『1度目は正直決める気はなかったです。決まれば御の字』
ドロップゴールが外れた場合は再度、相手のドロップアウトからプレーが始まる。一方で通常のロングキックを蹴って敵陣のデッドボールライン(インゴールエリアを囲う、ゴールラインと平行な線)を越してしまえば、蹴った地点からの相手ボールスクラムでリスタートされる。
キックの狙いが外れる意味ではどちらも同じだが、その後の結果に大きな違いが生まれるわけだ。この様子を見た日本代表経験者は、「賢い!」とうなった。
ここでのドロップゴールは大きく右にそれたが、本当に驚かされるのはここからである。
山沢の再びのドロップアウトが自分の胸元に飛んで来ると、岸岡は『2度目のチャンスがあり、この時は決めるつもりでした』。またも約60メートル向こう側のゴールポストをめがけ、ドロップゴールを放った。
『明治の10番山沢君は、一度(筆者注・ドロップゴールを)狙われているので、タッチライン際もしくは前で競ることが出来るボールを蹴ってくると思いました。長く蹴ったところでこれを続けて得をするのは早稲田だからです。(中略)が、彼は2回目も僕のところに蹴ってきたのです。挑戦状だと僕は感じました。(中略)そのせいか、2回目は1回目よりも奥を狙ってきているなと彼のキックから感じました。ますます、決めなければいけない。そう感じました』
結局、このドロップゴールはターゲットに約5メートル、届かなかった。明大の山沢が捕球し、そのままプレーを続ける。
ただし、山沢の蹴り返しを自陣中盤右で捕球した河瀬は、左隣の岸岡へパス。2度ドロップゴールを試みた岸岡にパスが渡ったため、スタンドはざわついた。
『狙っていいものなのか。遠すぎやしないか。でも、負けたままでは終われない。そんな葛藤と戦っていました』
果たして岸岡は、相手を引き付けながら高い弾道のハイパントに切り替える。明大がその処理にばたついたことで、早大は敵陣22メートル線付近で防御ラインを形成。さらに直後の蹴り合いでの岸岡のハイパントは、ハーフ線付近右で明大の選手に当たる。そのままタッチラインの外へ流れ、早大は敵陣10メートルエリア右のラインアウトを得る。
そして迎えた前半26分。一撃必殺のサインプレーで、明大の防御を攻略する。
岸岡がゴールラインと平行なショートパスを送ると、それを受け取ったインサイドセンターの長田智希が追っ手を1人、2人とかわしフィニッシュ。直後のゴール成功で、17-0と点差を広げた。
試合の流れを大きく引き寄せるきっかけとなった1本目のハイパントを、岸岡は『結局DG(筆者注・ドロップゴール)は狙わずハイパントに切り替えたのですが、最後のあがきとして、DGを狙うフリをしました。目線、ボールの持ち方、タメを意図的に作りました』とまとめる。
ルール、試合の状況を踏まえた意思決定を光らせ、そのシーンを改めて自ら解説した格好だ。日にちを置いて冷静に振り返っているのを差し引いても、「本職顔負けの具体的な描写」と評されても不思議ではない。
さらに特筆すべきは、試合直後にミックスゾーンへ現れた時点でかなり論理的に回想していたことだ。競技のルールがわかる人なら誰でも理解できる言い回しで、2度のドロップゴールを振り返っていた。
「ドロップゴールなら(インゴールを越えても)ドロップアウトになる。それと、ドロップアウトの場合、明大さんはチェイス(弾道を追って走るプレー)をしなければならない。ここで時間とともに、相手の体力もコントロールできたと思います」
■教育者よりも指導者になりたい。
若手の司令塔候補の筆頭格であり、アウトプットの名手。現役選手からも注目される知恵袋は早大卒業後、トップリーグに挑む。
「ラグビー選手として過ごした後のことは考えられていないですが…。教育実習を通して教員はいいなとは思ったのですが、あまり自分は教育者に向いていないのではないかと感じたところがあって。かといって、人に伝えるのは得意。教育者ではなく、指導者というのが合うのかなと」
引退後の道筋をこう語る新社会人は、今後、ふたつの視線で注目されるだろう。
ひとつは、社員として入るクボタでオーストラリア代表スタンドオフのバーナード・フォーリーとどう切磋琢磨するか。
もうひとつは、この人の賢さと日本代表陣営が求める「賢さ」がどこまでイコールで結ばれるか、である。