2019年10月22日に、右ひじの内視鏡手術をした錦織はリハビリ中で、復帰予定とされていたATPニューヨーク大会(2月10~16日)の欠場をすでに表明し、復帰が遅れている。錦織は、2009年夏にも右ひじの手術をしたことがあったが、そのときは復帰するまで約半年を要した。

 オーストラリアンオープン後、錦織は、ランキングが18位から26位に落ちることとなったが、彼の復帰は慎重に行われるべきだ。8月の東京オリンピックを気にし過ぎて、もし右ひじが完全な状態でないままコートに戻った場合、30歳という年齢を踏まえると、錦織の選手生命を縮めることにつながりかねない。錦織のチームスタッフやエージェンシーは、錦織の体のことを最優先に考えて復帰プランを実行してほしい。

 一方、大坂なおみ(WTAランキング10位)は、ディフェンディングチャンピオンとしてメルボルンに帰って来たが、3回戦でコリ・ガウフ(51位、アメリカ)に、3-6、4-6で敗れて大会2連覇を達成することはできなかった。ガウフの15歳らしからぬプレーの出来の良さをほめるべき試合ではあったが、第3シードの大坂が勝つべきであったし、反撃らしい反撃もできずに敗れた大坂にもの足りなさはあった。

 大会後大坂は、ランキングが4位から10位に落ちたものの、2020年シーズンより帯同しているウィム・フィセッテコーチと共に、まずはメンタルの立て直しを図り、もう一度グランドスラムで優勝したいという強いモチベーションを持ってテニスコートに戻って来てほしい。

 錦織欠場と大坂早期敗退の中、オーストラリアンオープンで存在感を示したのが、西岡良仁(66位)だ。24歳の西岡は、今回のオーストラリアンオープンで初めてグランドスラム3回戦に進出した。これまでグランドスラムの2回戦に6回進出していたが、7回目にしてようやくステップアップすることができた。

 身長は171cmで、男子ツアーの中では小柄な選手である西岡だが、ツアー屈指の俊足でボールに追いつき、左利き独特のグランドストロークを武器にしている。懐の深いフォアハンドストロークはトップスピン系。バックハンドストロークはフラットドライブが主体で、西岡の得意とするショットだ。岩渕聡デビスカップ日本代表監督は、西岡の成長を次のように指摘する。

「今まで持っていたディフェンスと粘り強さにプラスされ、明らかに力強くなっている。フォアでの攻撃の早さが増えた。もともとバックの攻めは早かったですけど、さらに甘いボールに対して迷いなく攻めることができるようになった。これまで相手からすれば、西岡はやりにくい選手ではあったけど、さらにプレッシャーを与えられる選手になった」

 今回のメルボルンで、西岡らしさが発揮されたのは、第30シードのダニエル・エバンズ(34位、イギリス)との2回戦で、どっちがシード選手かわからないような西岡の冷静な試合運びが光った。

 西岡らしさは、試合スタッツにも反映されていた。西岡のファーストサーブの確率が75%、ファーストサーブでのポイント獲得率も75%と高かった。ウィナーの数では、西岡がバックの8本を含む23本、エバンズがフォアの9本を含む32本で、エバンズが上回る。一方で、ミスの数では、西岡が19本、エバンズは西岡の倍以上の39本だった。このスタッツから透けて見える西岡のテニスの特徴を、彼自身は次のように語る。

「誰よりもアンフォースドエラーが少ない。まずそこが(自分にとっては)絶対値。このレベル(グランドスラム)では、相手にウィナーを取られるので気にしない。いかに相手にミスをさせるか、大事なところで打たせないようにするか、が大事だと思っている」

 そして、3回戦で西岡は、第2シードのノバク・ジョコビッチ(1位、セルビア)に挑戦したが3-6、2-6、2-6で敗れて、グランドスラムで初のベスト16はならなかった。

 西岡は、バックハンドストロークだけでなくフォアハンドストロークでも、低い弾道のボールをジョコビッチのバックサイドに打ったが、盤石のジョコビッチを崩すことはできなかった。

「(自分から)いかに低く打って、彼(ジョコビッチ)の高い打点からのダウンザラインを封じようとした。ただ、これは自分のやりたいテニスではない。いつも自分は(フォアの)高いループのボールを使いたい。(より低い弾道のボールは)普段打っているボールではないので、なかなか精度が良くなくて、打開策が見つからなかった」

 こう語った西岡は、ジョコビッチのサーブを1回もブレークできず、圧倒的な力の差を見せつけられたが、試合後素直にジョコビッチとの実力差を認めた。

「たぶん、あんまり言いたくないですけど、(ジョコビッチには)現在、実力的に勝てない。そもそも僕が持っているものと、彼のベースで、ストローク戦で勝ち切れない。どうしても自分の展開をつくっても、最終的に少しずつ押されて点が取れない状況が多い。粘るとか攻めるという話以前に、そもそものベースを強くしないとたぶん勝てない」

 西岡は、1球1球のクオリティーを改めて上げていかないと、20位ぐらいまでの選手には勝てるかもしれないが、ジョコビッチには勝てないことを痛感させられた。

 よく日本選手は、トッププレーヤーに対して自分が通用するところを強調するケースが多い。一理あるが、果たして現実的に存在する実力差を本当に縮めることができるのかどうか疑問が残ることが多かった。

 今回の西岡の発言には、プロテニスプレーヤーとしての潔さがある。この潔さが、西岡の魅力であり、さらに強くなるためのモチベーションにつながっていくのではないだろうか。そして、今後ツアーで戦っていくための原動力にもなるはずで、西岡に感じられる大きな伸びしろへとつながっていくはずだ。

 西岡が、ジョコビッチのようなトップ選手に勝つにはもう少し時間がかかるかもしれないが、若い西岡には選手として活動できる時間がまだまだ残されている。やがてトップレベルへ近づき活躍できることを予感させるような西岡のメルボルンでの戦いと潔さだった。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。