▽優勝劇

 発端となったのが2016年の大関琴奨菊だった。代名詞のがぶり寄りを武器に快進撃。当時の日馬富士、白鵬、鶴竜の3横綱を全員倒して14勝1敗で制し、日本出身力士として10年ぶりの優勝というエポックメーキングな出来事となった。翌年には大関稀勢の里が主役。14日目に優勝が決まると、千秋楽には横綱白鵬の出足を受け止め、土俵際でのすくい投げで逆転勝ちして14勝目を挙げた。場所後には日本出身19年ぶりの横綱昇進を果たし〝稀勢の里フィーバー〟が巻き起こった。

 18年には前頭3枚目の栃ノ心が初めて賜杯を抱いた。ジョージア出身の怪力の持ち主。14勝1敗で優勝を決めた後、春日野部屋の前で春日野親方(元関脇栃乃和歌)に抱きついたシーンは師弟のきずなを鮮明に表していた。昨年の玉鷲は人柄同様、ほのぼのした温かさに包まれた。強烈な突き、押しを武器に関脇で13勝2敗。優勝が懸かった千秋楽には第2子が誕生して病院に駆け付け、その後勝負の土俵に向かった。ケーキ作りが得意な一面を紹介されるなど、良きパパぶりを発揮した。

▽理由

 なぜ最近は初場所で波乱の展開が続いているのか。もちろん、力のある力士の才能が開花したことが第一だが、その他に考えられる理由の一つに体調管理の難しさが挙げられる。一般社会でも冬場に風邪がはやるが、角界も影響を受けることがある。例えば支度部屋は関取や付け人ら人口密度が高く、風邪が伝播しやすい環境で、4年前の初場所ではインフルエンザが流行し大量の休場者が出た。この点、今年は日本相撲協会の施策もあり、大きな混乱はなかった。東西の支度部屋や行司部屋などの前に消毒液を設置し、張り紙ではうがい、手洗いの励行やマスク着用の協力を呼び掛け、マスク姿で取材する報道陣もいた。

 一方で世界気象機関は先頃、19年の世界の平均気温が観測史上2番目に高かったと発表した。10年単位でも昨年までの10年間の平均気温は過去最高と、地球温暖化の進展を証明した形。一昔前の1月の感覚とは違って寒暖の差が大きくなる可能性があり、対応の差によってコンディションに開きが出てくる。今年も場所前に横綱鶴竜が発熱し、出稽古後に「もうちょっと取りたかったけれど、38度の熱があった」と明かしたこともあった。

 年末年始を挟むところも初場所の特徴だ。番付発表を取っても、他の場所は初日の約2週前の月曜日に実施されるが、初場所は2週間以上前に行われることが多い。相撲界ではよく「力士の正月は初場所が終わってから」と言われているが、元旦などに稽古を休みにする部屋が多く、他の場所とは稽古のペースが異なる。初場所で11勝と活躍した平幕豊山が「1月は年末年始で行事があったりするので合わせるのは難しい」と話すように、調整に細心の注意が必要となる。

 白鵬の途中休場が今年の混戦を演出した。昨年九州場所で43度目の優勝。年末年始にはオーストラリアに旅行に行った。余裕の表れと捉えられたが、右足蜂窩織炎などで4日目から早々に不在となった。精神的なリフレッシュも、結果的には場所に臨む姿勢として不十分だったと指摘を受けても仕方がない。

▽追い風

 徳勝龍の優勝は世間的にも大きな関心を集めた。場所が終わるとイベントやテレビのバラエティー番組などに引っ張りだこ。「自分なんかが優勝していいんでしょうか」という優勝インタビューでの発言をはじめ、奈良県出身の軽妙な会話も人々の心を引きつけている。この季節、マスメディアでは、他の場所より大相撲が大きく扱われる事情がある。国内のメジャースポーツで大きなイベントがないためだ。例えばプロ野球はオフシーズンで、2月1日のキャンプインから各球団の動きが大きく報じられる。サッカーのJリーグもオフ。現にスポーツ紙は終盤になって徳勝龍を1面で大々的に取り上げることが目立った。

 優勝31回を誇った元横綱千代の富士の先代九重親方は生前「現役時代に初日に勝つと、新聞に〝マジック14〟とか書かれていた。そうやって周りを巻き込みながらムードをつくって優勝に向かっていたよ」と追い風の大切さを説明していた。元千代の富士には裏打ちされた高い地力があった。今回の徳勝龍も世間の雰囲気を味方に付け、神懸かり的な突き落としを駆使して15日間を突っ走った感がある。

 もともと一年最初の初場所は、新年の華やいだ気分もあるのか、他の場所に比べて入場券の売れ行きがいい傾向にある。平幕正代らも優勝を争った今年の熱気はテレビ視聴率にも表れ、徳勝龍が優勝を決めた千秋楽のNHK総合の平均視聴率は、午後5時からの1時間で関東地区が20・7%、関西地区が21・6%と高い数字をたたき出した(ビデオリサーチ調べ)。瞬間最高は、徳勝龍が結びで大関貴景勝を撃破する場面を中継した午後5時25分と26分で、関東地区で25・2%、関西地区で25・9%を記録した。

▽荒れない春

 気候変動による環境の変容、航空テクノロジーの発達などによって身近になった海外旅行、メディアでの大きな扱い…。時代の変化に起因する背景や場所独自の事情が外的要因として入り交じることで、場所ごとの妙味も微妙に変わってきているのかもしれない。ちなみに荒れる〝本家〟の春場所の優勝力士に目を転じると、同じ2016年以降だと白鵬、稀勢の里、鶴竜、白鵬の順。4年連続していずれも横綱が制しており、結果として本来の番付通りとなっている。

高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事