■みんな感じている違和感

新型コロナウィルスはスポーツという楽しみを国民から奪い去ってしまった。それなのに東京オリンピックについて聞こえてくるのは「予定通り開催」という強気の言葉ばかり。イタリアのセリエAやアメリカのNBAでも無観客や中断が始まった中で、違和感しかない事態が起きている。逆に、延期や開催地変更を口にすると、必ずといっていいほどふたをされる。なぜ、オリンピックは中止や延期と言えないのか。そこには巨大イベントを取り囲む数々のステークホルダーの存在がある。

■触れるだけでもタブー

先月IOCの最古参の委員、カナダのディック・パウンド氏がオリンピックの延期に言及した。最初はアメリカのAP通信に対して答えたインタビューだったが、それを世界中のメディアが引用し、オリンピックも新型コロナウイルスの影響の例外ではないと言うのを内外に示したかに思えた。

しかし、これを即座にIOCのバッハ会長が否定。理事会の途中に自らメディアの前に出て東京オリンピックを予定通りやると宣言する異例の対応をとった。IOCだけではない。大会の組織委員会、東京都、日本政府、それにWHOはそろって東京オリンピックを予定通りやるという方針を変えていない。

前述したが、イタリアのセリエAが無観客になり、選手の感染が判明したNBAはシーズンが中断された。大リーグだって例外ではない。急遽開幕の2週間延期が発表された。なのに、オリンピックは中止や延期に触れるだけでもタブーというのが現状だ。

■ステークホルダーたち

そのからくりを紐解くには大会の利害に大きくかかわるステークホルダーと呼ばれる存在を知ることが欠かせない。まずはIOCの収入源から話をしよう。IOCはモノを売る企業ではない。収入の柱は4年に1回開催される(冬も含めると2年に1回となるが)オリンピック開催で得られる権料だ。

そのなかでも最大でIOCの収入の7割に当たるといわれているのがテレビの放映権料だ。リオデジャネイロ五輪では3000億円に上るといわれる。東京五輪はそれ以上になる。
この話題になるとなにかと名前が挙がるアメリカのNBCは世界最大のライツホルダー。主なものでは中国のCCTV、ヨーロッパのユーロスポーツ、そして日本のJC(NHKと民放の共同体)と1契約が数百億円のレベルの契約を結んでいる。
テレビでよく「期間の変更はアメリカのNBCが許さない」という話を耳にするかもしれないが、この巨額の放映権料を考えれば納得してもらえるはずだ。

さらにIOCの誇るトップランクのスポンサー企業たち。日本のトヨタ、パナソニック、ブリヂストンを含むいずれも世界規模の大企業14社の権料も収入の10パーセント以上といわれ、IOCに大きな影響力を持つ。そして開催都市の東京都、運営主体の組織委員会、税金で万が一を支える日本政府が、東京オリンピックの開催を左右する主なステークホルダーだと思ってもらえればよい。

■中止は最悪のシナリオ

オリンピックは夏冬の大会を1セットで考えると、IOCの収入は4年のスパンで生まれることになる。
もちろん契約によってそれぞれのステークホルダーとの条件は異なるが、例えば、東京都と結んでいる開催都市契約では、仮に世界的なパンデミックを理由に(選手の安全確保のため)IOCが大会をキャンセルした場合、組織委員会は一切の損害の補填を求められないことになっている。逆に考えると、自らキャンセルを選んだ場合にはIOCから組織委員会に提供している資金が返還されることはないだろう。

次に、ライツホルダーのテレビ局の場合は、大会が開かれなければ放映権料の返還が求められるとみられる。
何故みられると書くかというと、この契約内容は機密事項が多く公開されていないからだ。しかし、世界に冠たるメディアとの契約で返金なしという内容は考えにくく、関係者によると100パーセントではないものの相当額が返還されるという。
トップスポンサーとの契約も同様だ。もちろんすでに利益を享受しているので100パーセントとはならなくとも、大会がない以上は相当な額の損害が発生することは想像に難くない。

それを前提にIOCの目線で、大会の中止というシナリオを考えてみれば、なぜ中止と言えないかすぐに分かる。全収入の80パーセントを超えるライツホルダーとトップスポンサーの意向に反して中止すれば、巨額の返金が発生する。それはIOCの倒産を意味すると言っても過言ではない。
世界中のテレビ局がオリンピックに向けた編成を組んでいる。すでに相当数のCMの契約を結んでいる。NBCなどは1000億円規模とも言われる。日本国内でもNHKは嵐がテーマソングを歌い、民放は桑田佳祐さんが共通の歌で盛り上げる。国内各社のCMもオリンピックがらみばかりだ。一斉に生じる損害を考えると「中止」は最悪のシナリオ、口がさけても言えないのである。

■何が正解なのか?

中止が0点だとすると、100点満点は世の中が平穏に戻って通常に開催することだ。なぜ平穏に戻ってというかと言えば、開催を強行して仮にオリンピック発で世界に再びウイルスが蔓延したらどうなるか。世界からボイコットが相次いだらどうなるか。と悪いシナリオばかりが思い浮かぶからだ。止まっても、進んでも、待ち受けるのは苦しい現実ばかり。そこをどう切り抜けるか。IOCは0点と100点の間でどこに着地点を見いだすのか、何点を正解とみるのか。とても難しい方程式に迷い込んでいるように思える。

後編ではその選択肢“プランB”について具体的に考えてみたい。(前編了)


VictorySportsNews編集部