相撲だけをみれば、両横綱による千秋楽決戦。世代交代と言われているが、横綱が休場しない限り若手が優勝できない状況はまったく変わらず。幕内下位力士が優勝争いに絡んだ時に早めに小結や関脇にあてずに横綱にあて、横綱大関の割を崩すといった審判部の理解できない対応など現状に変化はみられなかった。

 大きな変化は初日恒例の協会挨拶だろう。通常の倍以上の時間を使い、大地を鎮め、邪悪なものを抑え込む力があるといわれる四股の由来など相撲の神道的な側面からこの現状の中実施することを説明。しかも通常とは違い幕内力士全員が土俵下に整列するという異例のものだった。
千秋楽も異例中の異例。結びの一番後に幕内力士全員が土俵下に整列し協会挨拶を実施。
八角理事長が無事に終えることができたことに対し、ファンや関係者に謝意を述べたところで感極まり言葉に詰まる場面も見られた。これは開催が決定してから、連日大量の抗議が押し寄せてきた中、無事にやり終えたことも影響していたのだろう。この場で国技としての決意表明を述べることができたのは今後の相撲の在り方にもつながり後世に残る素晴らしい挨拶だった。

■相撲記者の戸惑いと相撲の懐の深さ

 取材現場もいつもと違っていた。普段は支度部屋への出入りが許され、取組後に風呂から上がった力士がまげを結い直している間に取材する。力士の隣に座ることもでき、極めて近い距離で話を聞くことができる。しかしこの大阪場所では支度部屋への出入りが禁止され、東西の花道奥にあるスペースに〝ミックスゾーン〟と呼ばれる取材エリアが設置された。帰り際の関取に声を掛けて足を止めてもらい、2メートルほどの柵で隔てられた距離からの取材となった。
 取材をお願いすると、ほとんどの関取衆に応じてもらったが、ミックスゾーンならではの悩みもあった。相撲関連の話を一通り聞いた後、会話が深まりにくかったことだ。支度部屋だと物理的な距離が近いことから雑談のような雰囲気になり、その延長線上で力士の本音や相撲の話を補完するようなプライベートの話を聞くことがままある。それが今場所はしにくく、いつも以上に記者の力量が試される場所になった。

 感染防止のための特別態勢は他にもあった。例えば力士ら同様、メディアも動線を制限された。外部との接触をできる限り減らすため、一度会場に入ったら外出できず、例えば朝8時に入館する場合でも、昼食用などの食料を大量に買い込んで入った。大勢の大相撲ファンが楽しみにしている本場所が、報道陣から持ち込まれた新型コロナウイルスによって協会員に感染し、途中打ち切りとなれば取り返しが付かない一大事。入館時の検温やマスク着用を含め、メディア側にもいつも以上の危機感があった。
相撲協会側にも配慮は随所にあった。例えば、2階にある東西のミックスゾーン近くには異例の記者室が設けられた。また、ミックスゾーンにいる報道陣に見えるような位置にテレビが設置され、力士の取材の傍ら、オンタイムで取組を確認できて大いに役立った。
 無観客開催が決定したのは3月1日の臨時理事会。春場所初日はその1週間後の8日だったが、限られた時間の中、協会側は何度も打ち合わせを重ねながらメディア側の要望を考慮し、取材環境を構築した。
新型コロナウイルスという国難の中での春場所。さまざまな場面において角界の懐の深さが表出していた。

■力士の新型コロナウイルス報道

 力士や親方ら、日本相撲協会員に新型コロナウイルス感染者が出た場合は、春場所を中止する方針を示した相撲協会。感染リスクを少しでも減らすことが至上命題で、感染症学の専門家のアドバイスを受けて対策を練った。各部屋には不要不急の外出を自粛するよう通達し会食や宴席は厳禁。会場への往復の際に公共交通機関を避けてタクシーなどの利用を呼び掛けたりするなど、徹底した予防策を講じた。

 そんな中、7日目に幕内人気力士「千代丸」が38度以上の高熱を出し休場する事態に。
相撲協会や力士を理解している相撲記者は蜂窩織炎による発熱だということは99%わかっていたが、念のため発表。すると各ワイドショーはこぞって大きく報道し、「大相撲千代丸PCR検査へ」などとテロップを大きく出して大相撲が中止になるかと煽りに煽った。しかしながら検査結果が陰性であると急激に相撲に関する報道はなくなっていった。このような報道姿勢が今回の新型コロナウイルス報道によって社会問題化したトイレットペーパーや生理用品の買い占め騒動に繋がっており、メディア関係者に自戒を込めて注意したい。

■部屋と力士の収支

 熱戦を繰り広げても歓声や拍手がなかった。力士の間から戸惑いが相次いだのは仕方ないだろう。しかし一方で幕内取組に懸けられる懸賞についてはいつものまま。1本7万円。特定の力士の取組に絞ったり、結びの一番を指定したりと懸け方はまちまちだ。アナウンスに伴って呼び出しが懸賞旗を持って土俵を回り、館内でPRされる。企業名や商品名が記されている懸賞旗が披露されている間、NHKの中継ではその様子が小さく映るような引きの映像になるのが通例。画面を通して大々的にアピールすることはできない。
 観客のいない状況では、会社や商品の宣伝というメリットは極端に減るといっていい。それでも懸賞を出している会社からは「大相撲を純粋に盛り上げていきたい」「こういうときだからこそ応援します」などの声が聞かれ、企業PRというよりも、むしろ国技の応援団といった主旨で懸賞を出し、力士によっては勝ち数の増減もあるが先場所より多くの懸賞金を勝ち取った力士も存在した。
満員御礼が続き人気回復の大相撲。近年では〝スー女〟と呼ばれる女性ファン層が拡大したり、地方巡業も数が多かったりと、日本における国技の存在感が根付いていることを象徴していた。

 しかし、力士や部屋にとってこの大阪場所は金銭面でも苦難な場所になったことは間違いない。相撲用語で現在では一般化している言葉に「タニマチ」という言葉がある。これは明治時代に大阪の谷町で開業していた相撲好きの医者が無料で力士の治療をしたり小遣いを与えたことが語源とされている。以前はこの谷町近辺に大阪場所の宿舎を構える部屋があったこともその名残ともいえる。
地方場所の中でも大阪場所はタニマチの本場ということもあり、場所前から場所中も含め連日連夜会食などが入るのが通常。部屋主催の千秋楽後の打ち上げパーティーについても東京に匹敵する大きな規模で開催されていた。しかし今場所は不要不急の外出を控え会食などはなし。部屋と会場を往復する毎日を力士だけではなく親方衆も過ごした。これにより、力士は会食時のご祝儀や交通費だけではなく、着物や帯なども貰う機会を無くした。また親方衆も特に部屋を持っている場合は最悪だった。会食時のご祝儀や交通費などは力士と同じだが、千秋楽パーティーのチケット販売ができず、部屋への差し入れなども減少。ある部屋の場合、昨年の大阪場所に比べ数百万以上の収入を失った。

 この新型コロナウイルス騒動が続く中、無観客での本場所が続けば潤沢に資産がある相撲協会は持ちこたえることができるだろう。しかしこの状況が長引けば、所属力士が少ない部屋や、幕内力士や人気力士がいない部屋にとっては部屋の存亡にかかわる一大事だ。
千秋楽の協会挨拶で述べた八角理事長の伝統文化の継承と100年先も愛される国技大相撲にも影響が出ることは間違いない。


VictorySportsNews編集部