ニキビ、肌荒れすら“放置”せざるを得ないスポ根文化

重要なプレゼンがある日には、お気に入りのスーツを着る。少し丁寧に髪を整える。外見のケアをモチベーションアップにつなげているビジネスパーソンも少なくないはずだ。しかしその感覚は、スポーツという領域において時に通用しない。

石井さん「私の学校でもそうでしたが、メイクはおろか眉を整えることすら許してもらえませんでした。アスリートの美意識を批判する方がいるのは、そうした学校や部活の“スポ根”文化が影響しているのかもしれませんね」

石井美保さんが主宰するビューティーサロン『Riche』は、新規予約が取れないほどの人気サロンだ。女性たちが求めるのは、特別なエステやメイクテクニックではない。石井さんのスキンケアメソッドだ。顧客の多くを占める働く女性たちは、日々ストレスや不規則な生活リズムに悩んでいる。それと同等に、もしくはそれ以上に、肌にとって過酷な状況下に置かれているのはアスリートたちだ。

石井さん「外での競技は日焼けや大気汚染。遠征が多ければ生活リズムの乱れ。審美系の競技は濃いメイクが肌に負担をかけます。室内の競技であっても、汗をかいた肌をすぐに流さずにいることで、肌の塩分と水分のバランスが乱れて肌トラブルにつながります」

男性と比較すると、一般的に女性は皮膚が薄い。その分皮膚に蓄えられる水分量も少なく、乾燥しやすい。そうした性差も影響して、女性は男性以上にスキンケアを必要としている。日々肌への外敵ばかりの状況に置かれる女性アスリートにとってはなおさらだ。

石井さん「アスリートのエネルギー源として欠かせない糖質も、肌ストレスの一つです。特にウェイト管理をしている方は、試合が終わると反動で一気に大量に食事をとる傾向にあります。しかし、糖質の摂りすぎは肌のコラーゲンの破壊や、活性酸素を生み出して肌の老化にもつながります。いくら筋肉量が多いアスリートといえど、たるみにつながっていくのは避けられません」

コンプレックスはプレーにも影響する

プロゴルファーも石井さんを頼り、サロンを訪れることがあるそうだ。芝の上で紫外線にさらされる時間が長いため、石井さんのアドバイスを受けて飲む日焼け止めを取り入れるなど、スキンケアへの意識が高い選手も。そんな選手を見て、石井さんが感じたことがある。

石井さん「選手によっては、大会の前にはしっかりまつげをつけて臨む方もいて、うちでエクステをした後に優勝を飾ったことも。あえて外見を磨くことで、自分を追い込むという効果もあるのかもしれませんね。おしゃれをして負けたら叩かれるのは避けられないと、ご自身もわかっているはずです」

さらに、メンタルへのプラスの影響もあるという。

石井さん「朝起きて、“あぁ、ニキビが嫌だな”と思うか“今日は肌の調子がいいな”と思うかで、その日の気分が変わるはず。気分が乗らないと、どこか後ろ向きになってしまいます。逆に自信が持てるとポジティブになり、それはプレーにも表れます。“かわいくなれた!”と思えると、カメラの前でも堂々と立って入られますよね。その姿がファンやスポンサーからの好印象につながり、相乗効果を生み出すこともあるはずです。スキンケアはコンディショニングの一環と言っても、過言ではありません」

自分の肌は自分で守れ。気をつけるべきは“摩擦”

そんな石井さんも、スキンケアに力を入れるようになったのは30代になってから。それまでは、濃いメイクをオイルクレンジングと熱めのお湯で落とすという今からは考えられない毎日を送っていた。毛穴は開き、くすみにも悩んでいた。

石井さん「まつ毛エクステを始めたことがきっかけで、クレンジングをオイルからミルクに変えました。さらにエクステが取れないようにそっとぬるま湯で顔を洗うようにしたら、それまで悩んでいた乾燥も気にならなくなり、肌も明るくなりました。そこからヒントを得たのが、現在お伝えしているスキンケアメソッドです」

石井式スキンケアメソッドの肝はクレンジングにある。著書『一週間であなたの肌は変わります 大人の美肌学習手帳』(講談社)でも紹介されている8つのポイントは以下だ。
・メインで使うのは、圧が弱い薬指と小指
・洗顔はたっぷりの泡でこすらず洗う
・クレンジングはメイクの濃さにあったクレンジング剤を選ぶ
・すすぎはぬるま湯で最低30回
・ふわふわのタオルでこすらずふく
・夜より朝の20分保湿
・日焼け止めまでがスキンケア
・肌断食で肌状態を一旦リセット


石井さん「スキンケアに大切なことは、特別高い美容液を使ったり、何かをプラスしたりすることではなく、摩擦を避けること。特に重要なのがクレンジングの方法です。落ちやすいという理由でオイルクレンジングを使う方も多いのですが、滑りがいいのでついこすりがち。運動の後は手短に済ませて、熱いシャワーですっきり!という方も多いと思いますが、顔には当てないようにしてください」

そもそも何も塗らなければクレンジングの必要もない、と考える人もいるかもしれないが、それは逆効果だという。日本よりも紫外線の強いオーストラリアなどでは、皮膚がんを予防するために子どもの頃から日焼け止めを塗る習慣がある。昨今では紫外線以上に大気汚染が有害とされたり、花粉による肌のかゆみに悩んだりする人も増えている。肌を日焼け止めやファンデーションで一膜覆うことは、必要な防御なのだ。

石井さん「メディアの報道を見ると、なぜアスリートだからかわいくなりたいと思ってはいけないのか、と時に疑問に思います。注目される仕事という点では、タレントと同じ。カメラを向けられたり、ファンの視線を受けるなかで、綺麗になりたいと思うのは自然な流れです。自分の見た目に自信が持てずに下を向いていては印象もマイナス。堂々とする姿に、ファンは憧れます。さらに肌がキラキラしていれば、より一層輝いて見えるはずです」

女性アスリートの美意識が一部から非難を浴びる反面、「美人アスリート」「美しすぎる○○選手」といった謳い文句はいつまで経っても無くならない。しかし揺るがないのは、“アスリートの本分は競技で結果を出すこと”という大前提だ。ならば、周囲の声に悩むよりも、自分の気分を高める方法を見つけて実践するという選択はアスリートとしては正しい判断と言えるだろう。結果で矛盾を一蹴するために、美容はアスリートの“ギア”の一つになっていくのかもしれない。

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小田菜南子