――新型コロナウイルス感染拡大の影響でJリーグの公式戦開催が中断されてから約3ヶ月が経ちました。これほど長期間にわたってサッカーがない日々というのは前園さんにとっても初めてなのではないかと思います。
「そうですね。ドイツや韓国などで徐々にリーグ戦が再開しはじめていますが、やっぱりスポーツが日々の生活の中に欠けているのは寂しいですね」
――Jリーグでも公式戦再開に向けての動きが進んでいますが、この中断は選手たちにどのような影響があるのでしょうか。怪我によって長期間プレーできないのとは違った難しさがあるようにも感じます。
「怪我をしてしまうと、自分の中でもある程度納得したうえで我慢しなければならないところがあって、とにかくプレーできるまでリハビリを頑張って、辛抱強くやれば復帰という目標を見ることができます。
一方、今は健康でプレーできるのに試合や練習ができない、我慢しなければならない状況です。Jリーグの再開時期も決まっておらず、先が見えないことにストレスを強く感じているのではないかと思います。
さらに言うと、選手たちのコンディションは落ちているでしょう。自宅でもトレーニング出来るとは言えど、室内でできることは限られていますし、ボールに触っていなかったことで細かい感覚や試合勘にも狂いが出てくるかもしれません。芝の上でも走っていないし、シーズンオフから作り上げるのと同じような感じになるのではないかと思います。そのため仮に再開したとしても怪我などのリスクはあると思います。」
――Jリーグ再開の具体的な日程はまだ決まっていませんが、実際に再開を目指すうえで選手たちや各クラブにはどれくらいの準備期間が必要になるのでしょうか。
「最低でも1ヶ月は欲しいですよね。もちろん1ヶ月より2ヶ月、長い方がいいと思います。長期間ボールを蹴っていないですし、コンディションを整えたうえで、チーム戦術を組み立て直す必要もあります。
ただ、今回のような状況がすごく難しいのは、やっぱり再開の日程が決まっていないことです。どこに照準を合わせて調整していったらいいのかがわからない。シーズンオフから開幕に向けて準備するとなると、日程が決まった状態で練習して、プレシーズンマッチもいくつかこなしたうえで公式戦に臨むことができますから」
――Jリーグは練習の再開から公式戦の開催に向けた詳細なガイドラインを検討していますが、やはり最初は接触のない個人練習から始めなければならないようです。
「おそらく今までやっていたトレーニングを全員で集まってすぐに始めることはできないと思います。最初はフィジカルトレーニングから入ると思いますが、それすらもソーシャルディスタンスを意識するような、今までとは違うやり方に変わってくるのではないでしょうか。
そうなるとできることは限られてきますし、徐々にフィジカルコンタクトの伴う密集状態でのトレーニングに戻すにあたって、選手たちの健康や安全を保証できるようにしていかなければなりませんよね」
――欧州や韓国では公式戦の再開に向けて、選手やスタッフなど関係者全員が事前に新型コロナウイルスの感染有無を確かめる検査を受けていることが多いようです。一方、日本でも関係者の安全を確認するための方法は模索されていますが、全員が一律に検査を受ける体制づくりは難しいとの見解をJリーグが示しました。
「もちろんサッカーに限らずプロスポーツに関わる人間全員がPCR検査を受けて、安心した中でやれればいいと思うのが正直なところです。でも検査を必要としているのはプロスポーツ選手だけではないと思いますし、他に困っている人はたくさんいます。
日本国民が幅広く検査を受けられる状況であればいいですが、その仕組みはまだ整っておらず、プロスポーツ選手や関係者だけが優遇されるのもどうかな…というのはすごく考えていますね。
それでも、検査をして陰性を確かめた方が安心は得られますし、観客を入れて試合を開催するならファン・サポーターも事前に検査できた方が安心してスタジアムに足を運んで応援できます。それはJリーグに限らず、スポーツ界全体、ひいては日本全国でそうなれば一番いいですよね」
――海外でのプロサッカーの再開に向けた動きを見て、何か感じられることはありますか?
「他の国にはその国のやり方があるし、早く再開しているからとそれに日本が合わせる必要もないので、僕は日本のやり方でJリーグ再開を目指せばいいのではないかと思います。韓国は、サッカー選手だけでなく国民が幅広くPCR検査を受けられたことが大きかったと思います。でも、日本にまだそのような体制は整っていないですよね。
サッカーはやりたいけれども、感染する恐れもあるという不安を抱えながらプレーするのが一番ダメだと僕は思っています。だからこそ、日本サッカー協会やJリーグが、安心してプレーできる保証が得られるようなガイドラインも含めて、選手たちがなるべく試合に集中できる環境を作ってあげることが重要です。
そのうえで選手たちは今までとは違う状況に適応していかないといけないですし、その中でプレーすることによる責任感も出てくると思うんですよね。一番大事なのは仕事場で常に近くにいる人たちに新型コロナウイルス感染者がおらず、安心・安全を感じたうえでサッカーに集中できることだと思います」
――ドイツや韓国のように、Jリーグもおそらく無観客試合での再開になるのではないかと思います。ホームスタジアムのスタンドにファン・サポーターが1人もいない試合というのは、選手の立場ではどう感じるのでしょうか。
「僕は無観客試合を経験したことはないですが、ファン・サポーターの声援や後押しが試合の雰囲気を作っているのは間違いないので、その中でプレーするのは選手の目線で考えるとベストでないのは間違いありません。とはいっても、選手たちは無観客であろうがピッチに立ったら全力でプレーすると思います」
――ドイツなどではゴールを決めた際に全員で抱き合うなどの身体接触を避け、ソーシャルディスタンスを保って祝うよう推奨しています。サッカーにおいて気持ちが最も高ぶる瞬間の1つであるゴールの後に、その喜びが爆発するような感情を自制することは可能なのでしょうか。
「難しいのではないでしょうか。どうしても感情が表に出てしまいますからね。無観客試合ではなくなった時にファン・サポーターがゴールを喜んで抱き合ってはダメと言われても、選手と同じように自制するのは難しいと思います。
試合中の身体接触も避けられないですよね。ボールを奪うために相手選手が体を寄せてくることだってあるでしょうし、ガイドラインがあっても試合になってしまったらある程度仕方ない部分は出てくると思います。いずれにせよいろいろなことを試行錯誤しながら、少しずつ前に進んでいくしかないと思います」
――J1からJ3まで、全てのカテゴリで今シーズンの降格がなくなったことによる影響としてはどんなものが考えられるでしょうか。
「降格の心配がなくなったことで、いろいろなチャレンジができるようになると思います。シーズン中に戦い方を変えていったり、若手選手を積極的に起用したり、その中で新しい発見もあるでしょう。不安を感じてモチベーションが下がるようなこともないでしょうし、例年以上にリスクを恐れないアグレッシブなチーム同士の試合が見られることが増えるかもしれない。そういう楽しみはありますよね」
――まだ新型コロナウイルスの感染有無を確かめる検査や、移動のリスク回避など課題はありますが、Jリーグはこれから徐々に元通りの姿を取り戻すことを目標にして進んでいきます。その過程で選手たちに期待することや、未来のJリーグのあるべき姿についてどう考えますか?
「選手がピッチに立って自分の持っているものを全て出すのはこういう状況になっても変わりません。そのうえで自分にとって当たり前だったことが当たり前でなくなった時に、スタジアムに足を運んでくれるファン・サポーターの人たちがどれだけ大事か、気づいたと思います。
嫌なことも書かれることもありますが、日頃から取材をしてくれるメディアの方々が記事にしてくれないとJリーグの情報がニュースとして世の中に出ていかない現状にも目を向けて、ありがたみを感じているのではないかと思います。
ある意味危機感を感じているからこそ、よりサッカーに興味を持ってもらいたい、サッカーから離れないで欲しいといった気持ちもあって、選手たちのSNSを活用した発信が増えているのではないでしょうか。自分たちでアイデアを出しながら発信していくことは、コアなサッカーファンのみならず、それ以外の人々に関心を持ってもらうきっかけ作りとしてもすごく重要なことだと思うし、サッカーのある日常に戻ってもできるだけ続けて欲しいと思います。
そして、こういう難しい時期だからこそ、選手たちの胸にはこれまで以上にサッカーに対しての情熱が湧いてきていると思うんです。いや、そうあって欲しい。その情熱をピッチに戻った時にみんなに見せて欲しいし、スタジアムに誰もいなくても、テレビ越しに映像で見ている人たちに伝えていって欲しいと思います」
前園真聖が語るwithコロナ時代のフットボーラー像、「今まで以上に情熱を持ってピッチに立ってほしい」
新型コロナウイルス感染拡大の中、Jリーグも感染予防及び拡散防止のために公式戦を現在も延期している。VICTORY編集部は元サッカー日本代表の前園真聖氏にインタビューを実施。(実施日:5月16日)
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