35歳のロスは、ニュージーランド代表経験のある日本人選手。201センチの長身を空中戦で活かし、ぶつかり合うロックのポジションを務めながら器用にパスをさばく。ファンには朗らかな人柄でも知られる。

 今度の問題がメディアなどで話題になったことについて、この調子で笑顔を浮かべた。

「この話を『不公平だ!』と思っていたのは自分たちだけだと思っていましたが、今回、同じように感じてくれたファンがたくさんいたことを知れました。ありがとうの気持ちを伝えたいです」

■外国人の出場機会

 ロスが議題に掲げるのは、TL規約の35条。ひとつのチームが試合に同時出場させられる外国籍選手の数を定めている。

 現在は外国籍保持者で日本以外に代表歴がある「外国籍」の選手が「2」名、外国籍で日本以外での代表歴のない「特別枠」の選手が「3」名までが一緒にプレーできる。先発、控えを含めた計23名の登録メンバー上は、「外国籍」と「特別枠」を合わせて合計「6」名までがエントリー可。これとは別に、アジア諸国の国籍を持ち当該国の代表資格がある選手には「アジア枠」として「1」枠が与えられる。

 今季まで神戸製鋼にいた元ニュージーランド代表のダン・カーターは「外国籍」に、母国のトンガ出身で日本代表のアマナキ・レレイ・マフィはNTTコムの「特別枠」。イングランド大会の日本代表で2015年度まで神戸製鋼にいたクレイグ・ウイングは、フィリピン国籍を持ち「アジア枠」に該当した。

 さらに日本国籍を持った海外出身者の多くは、別枠で遇される。ワールドカップ日本大会で8強入りした日本代表のリーチ マイケル主将も東芝の「日本人」であるのは、そのためだ。

 元オーストラリア代表でパナソニックのヒーナン ダニエルも、2014年にこの国のパスポートを取ったため日本人選手として扱われる。ヒーナンはその翌年、7人制日本代表に加わっている。

 ラグビーの代表資格に国籍は必ずしも求められないのに対し、7人制ラグビーが正式種目となっているオリンピックでは国籍が必要になる。国際統括団体のワールドラグビー(WR)はこの決まりに倣い、すでに他国の代表歴がある選手でも一定の条件を満たせば国籍を持つ国の代表としてオリンピックやオリンピック予選に出ることを認めたのだ。ちなみに当該選手は、その後に同国15人制の代表も目指すことができる。

 しかし、日本国籍を持った海外代表経験者には「日本人」と見なされない選手もいる。その1人が、この件で先頭に立つロスだった。

 というのも、ロスが日本人となる前年の2016年のシーズン開幕を前に、TL規約35条へこんな項目が加えられていた。

「他国代表歴及び他国セカンドシニア代表歴を有する日本代表選手の資格がない日本国籍選手及び特別永住権を保有する選手は、代表歴を有する国の選手と同様に外国籍枠選手、アジア枠選手として出場する。また、6月末及び8月末に日本国籍選手として登録した選手が、6月末及び8月末以降に他国代表歴及び他国セカンドシニア代表歴を有した場合、そのシーズンは日本国籍選手として出場することができるが、翌シーズンは代表歴を有する国の選手と同様に外国籍枠選手、アジア枠選手として出場することになる。但し、2016年8月以前に日本人選手として登録した選手はその限りではない」

 これがあることで、日本以外で代表歴のある選手が2016年9月以降に日本国籍を得ても、外国籍扱いのままとなった。

■異なる主張

 変更の流れを振り返る。

 日本協会の文書などによる説明を総合すると、トップリーグ側は「①2013年10月から2015年8月までの間においてTL規約35条の改定について協議した」とする。

「改定」の根拠には外国籍選手の帰化による年俸の高騰がTL各チームの活動費を圧迫している現実、日本代表強化の観点から日本代表資格を有する選手の強化機会の喪失が日本代表強化の妨げとなりうる懸念などを挙げ、以下のプロセスも踏まえ承認を得たとのことだ。

「②2014年3月から2015年8月までには、TLの16チームにこの内容を共有」

「③2015年8月〜2016年8月末まで(改定を採用するまでの)猶予期間を設け、2016年5月に(改定を)告知」

 さらに今回、ロスの嘆願書に触れて「④(ロスは)2015年10月から帰化の準備を始められたと認識しております」と補足説明。ロスのパスポート取得への準備は、TL側で改定を決めた後に始まったのではと見ている。

 しかしロス側は、この経緯説明は不十分と話す。

 上記の①の「2013年10月」から「協議」されていたことは「何も知らないので何とも言えない」と、②の「2014年3月から2015年8月まで」の各チーム間での情報共有と③の「2015年8月〜2016年8月末まで」の「猶予期間」も、正式発表がなされなかったため反応が難しかったとする。特に③については、「選手たちはそう認識していませんでした」と強調した。④については「帰化申請をしたのは確かに2015年だが、国内居住歴などの帰化条件を考えると準備自体は数年前から始まっていた」とも主張する。

 折しも、WRはその国の国籍を持たない選手が代表チームとしてプレーできるための居住条件を3年間から5年間に厳格化すると発表。しかし新規約の履行は2020年末以降とだいぶ先にしていた。

それに対し、国内のレギュレーション発表はやや急にも映る。ロスは当時、トップリーグ委員長の太田治氏(現同チェアマン)宛てに手紙を送付。以前から帰化申請の準備をしていた選手への例外適用を求めた。自分が日本の学校に子供を通わせて、ボランティアで日本の学生へコーチングを施していることなどを示し、「日本を自分の国であるかのように愛してきた」と強調した。

しかしこの時、願いは叶わず、今日まで「外国籍」。NTTコムとの契約最終年となった2020年のトップリーグでは、現役の強豪国代表選手らと「外国人枠」を競い合った。出場時間は限られた。

■「伝えた」「伝わった」の間のずれ

 今回、ロスとともに嘆願書を出したのはNTTコムのヘンリー ブラッキンとリコーのボーク コリン雷神だ。2人は他国代表歴を持ち、ロスよりも後に日本国籍を取得。オリンピック東京大会での7人制日本代表入りを目指すが、TLでは「外国籍」だった。

 ロスは「ラグビー協会に何か問題があると言いたいのではない。ただ、このルールはいまのラグビーの環境には必要ないのでは」。自分の権利を主張したいのではなく、矛盾点を解消したいのだと語る。

 日本協会は嘆願書を受け、理事や弁護士によりこの問題のためのタスクフォースを結成。選手側によると、このタスクフォースによるヒアリングは5月下旬におおむね和やかな雰囲気でおこなわれた。選手側は主張内容を聞いてもらえたことに満足しながらも、「ルールが変わらなければ意味はない」とくぎを刺した。

 選手側と体制側との意見が食い違ったら、多くのファンが支持するのは選手側だ。とはいえこういう時ほど、両者の言い分や背景をなるたけ正確に把握しなくてはならない。

 今回の件で言えば、ロスが声を上げたタイミングが契約更新期限間際であったこと、3選手と信頼関係を結んできた各所属チームが「行動は止めないが支援はしない」というスタンスなのも重要な事実関係だ。

 ヘンリーやボークの所属先は、2人が「日本人」と認められない可能性を理解して国籍を取ったと認識。さらにNTTコムの関係者は、ロスへも「貴方が日本人選手と認められることと今後の契約条件は無関係」といった旨で念押ししている。一方でロスも、チームの対応に不満を抱いていない。

 もっとも時代に合わせてルールが見直されるのは自然で、連携不良は少ない方がいいのも確かだ。

 ロスを支える知人の1人は「規約改正には(対応のための)時間的な余裕を与えるだけではなく、日本ラグビー協会から(規約改正の見通しを)はっきりと正式的に発表し、共有するべきです」とする。

 やがて新リーグに移行するTLの太田氏は、今回の件をどう次に活かすかとの問いに文書で「TLは国内最高峰リーグとして、リーグに関係する一人ひとりを大切にFOR ALLの精神で発展してきました。世界最高峰リーグを目指す新リーグでも、FOR ALLの精神を活かしていきたいと考えています」と回答する。

 さらに突っ込んだ話をしたのは岩渕健輔。この国のラグビー界きっての国際派で知られる日本協会の専務理事だ。問題が起きた頃はいち理事としてTLとは別分野の業務にあたっていた。

 6月中旬の定例理事会後、この件に関し談話を発表。選手側の意見を聞いたタスクフォースの報告をもとに、「以前規定が制定された時、ステークホルダー(当該選手、所属チームなど)への共有が少し不十分だった」と総括する。当時のTL側と選手側とのコミュニケーション不足を、暗に認めた。

 今後のレギュレーションの変更へは「いま起こっている議論と、今後のリーグでどんなレギュレーションが求められるかはふたつに(分けて)考えかべき」と明言を避けながら、丁寧な検証を心がけたいと言った。

「タスクフォースが出した方向性(両者間での情報共有の徹底)について、理事会では一定の合意を受けています。臨時理事会ないし書面手続きを持って、最終的な理事会の決裁をするとし、きょうの審議を終えております。レギュレーション(の変更)についてはリーグ内、日本協会内ではなく、広く周知をする必要があるという議論がなされました。問題になっているステークホルターとの共有をしっかり進め、速やかに対応したいと思っています」

 双方とも「伝えた」「伝わった」の間のずれはなくしたいとの意味では意見が一致。これからの協調関係に注目したい。


向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年にスポーツライターとなり主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「Yahoo! news」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。