松山はアマチュア時代からスリクソンのクラブを愛用し、同社と総合契約を結んできたが、ドライバーはここ数年、スリクソン製品を使っていないことが周知の事実になっていた。それだけに今回の選択が注目を集めたわけだ。

 ちなみに、松山が使用したドライバーのメーカー希望小売価格は、「ZX5 ドライバー」が7万2600円(税抜6万6000円)、「ZX7 ドライバー」が7万4800円(税抜6万8000円)となっている(いずれもオリジナルカーボンシャフト装着モデル)。この金額を見て、ゴルフ愛好家は「まあ、そんなものだろう」と思うだろうが、ゴルフをやらない人から見ると、「なんでそんなに高いの?」という印象を受けるかもしれない。

ゴルフクラブが高いわけ

 ゴルフクラブの値段が高いのはドライバーに限ったことではなく、同時期に発売されるフェアウェイウッドは1本4万4000円(税抜4万円)。ハイブリッドクラブは1本3万7400円(税抜3万4000円)。ユーティリティクラブは1本3万4100円(税抜3万1000円)。アイアンは6本セットで11万8800円(税抜10万8000円)~13万2000円(税抜12万円)といった具合だ(アイアンはシャフトの種類によって金額が異なる)。

 さらに1本2万円前後のウェッジを2~3本と、価格帯に大きな幅があるパターを1本加え、キャディバッグに14本のクラブを入れてコースを攻略するのがゴルフというスポーツの醍醐味となっている。

 これらの新製品はメーカー希望小売価格で販売されるわけではなく、ゴルフ量販店に行けば割引価格で購入することができる。しばらくすれば中古ショップにも流通するので、もっと安く購入できるようになる。

 そもそも、必ずしも新製品を購入する必要もない。一世代前のモデルや中古クラブの中にも性能的には新製品と遜色ない名器がたくさんある。中古市場が拡大したことでゴルフクラブの選択肢は以前よりもはるかに増えている。ただ、いずれにしてもゴルフクラブの値段が高いことは変わらない。

 ゴルフクラブの値段が高すぎるということで、高品質低価格の製品をゴルファーに提供しようと頑張っている会社もある。ゴルフクラブの製造・直販を手がけるアメリカン倶楽部は、大手メーカーの1/2から1/3程度の価格帯でゴルフクラブを販売しているが、安さの理由について次の4項目を挙げる。

 まずは部品の直接調達・製造直販。部品調達に商社や問屋を介したり、販売に卸や小売店を介したりすると、中間コストが発生して販売価格が高くなる。部品の直接調達と製造直販で中間コストを省けば低価格で提供できる。

 次に自社工場での高効率一貫生産。大手メーカーが海外で生産したものを輸入し、自社ブランドとして販売するところもある中、自社工場で生産し、徹底した工程改善を行うことにより、生産効率が向上して製造費用のコストダウンに成功している。

 さらに広告宣伝の抑制。大手メーカーが売上高の5パーセントから10パーセントを宣伝広告費に使う中、ユーザーの口コミで紹介してもらっているので、低価格で提供できる。

 最後に上乗せ価格を設定していないこと。大手メーカーが発売直後から販売価格が値下がりすることを考慮して実際の価格に上乗せして価格を設定する中、上乗せ価格を設定しなければ、いつ購入しても、どの店舗で購入しても、同じ価格になる。

 これらの指摘はすべて的を射ており、大手メーカーのほとんどのゴルフクラブは製造原価に比べると、かなり割高な価格帯で販売されている。

 ただ一方で、高品質低価格の製品と高品質高価格の製品のどちらが人気を集めているかというと、これは圧倒的に高品質高価格の製品である。2000年代は高品質低価格の製品が注目を集めた時期もあったが、2010年代に入ってからは高品質高価格の製品が完全に優位に立っている。

 かつての日本は一億総中流と言われていたが、今の日本は一部の人が資産の大半を保有する格差社会になっている。そのため、ゴルフクラブを1~2年に1回買い替えることに何の抵抗もない人が増えている。一方で、高品質低価格のゴルフクラブを大事に長く使うタイプの人は、マーケットの中で少数派になっている。そうなると、大手メーカーは必然的にゴルフクラブを頻繁に買い替える人向けの商品開発になる。

 また、今の時代は特定のメーカーが突出して性能の優れたゴルフクラブを開発することが難しくなっている。そんな中、ユーザーが何を求めてゴルフクラブを選ぶかというと、リアリティとストーリーである。

参考:大手主要メーカーのドライバーの希望小売価格

ユーザーの求めるもの

 ゴルフクラブは昔も今も、人気選手の使用モデルというのが訴求メッセージの一つになっている。だが、その製品が必ずしも性能の優れたゴルフクラブとは限らないことをユーザーは見抜いている。松山が契約メーカーのクラブを使わず、他社のクラブを使えば、ユーザーはリアリティを感じる。その松山が再び契約メーカーのクラブを使えば、そこにもリアリティを感じる。

 昨年は渋野日向子が全英女子オープンで海外メジャー制覇を成し遂げたことで、ピンのクラブが飛ぶように売れたが、あれはクラブの性能が評価されただけでなく、彼女のシンデレラストーリーをサポートしたメーカーに対する称賛が集まったのである。

 ゴルフというスポーツは筋書きのないドラマであり、ゴルファーという人種は筋書きのないドラマを好む人たちである。大手メーカーが大金を投じて筋書きを作ろうとしても、そこにリアリティがないとゴルファーは共感しない。

 だから大手メーカーは、どこから芽が出るかわからないいくつものストーリーを想定しながら商品開発やマーケティング活動を行っている。それにお金がかかるのは当然であり、ユーザーもゴルフクラブが高いと文句を言いながらも、新しいストーリーが生まれることを期待しながら買い求めているのかもしれない。


保井友秀

1974年生まれ。出版社勤務、ゴルフ雑誌編集部勤務を経て、2015年にフリーランスとして活動を始める。2015年から2018年までPGAツアー日本語版サイトの原稿執筆および編集を担当。その他、ゴルフ雑誌や経済誌などで連載記事を執筆している。