ダスマリナスの挑戦をいかにはじき返すかの興味は当然として、井上が再びこの地で主役になることは大きな意味がある。

 ネバダ州最大の都市ラスベガス――砂漠のカジノタウンはファイトタウンとしても有名である。第二次世界大戦後にギャングスターのバグジー(ベンジャミン・シーゲル)がフラミンゴ・ホテルを手掛けたのを始まりに、マフィア撤退後は巨大ホテル&カジノブームを迎えた。

 ボクシング興行が本格化するのは1970年代中頃以降で、トップボクサーのために華やかな舞台を提供したのはほとんどがホテルだった。目抜き通り(ザ・ストリップ)周辺に林立するホテル&カジノが自慢のショーで客を集め、そしてボクシングにも目を付けたのだ。

 モハメド・アリが退いた後の1980年代、ボクシング人気を一身に担ったのが中量級スターウォーズだが、シュガー・レイ・レナード、マービン・ハグラー、ロベルト・デュラン、トーマス・ハーンズの4人はこの街でリーグ戦のように戦った。そしてマイク・タイソンもやってくる。

 「格闘技の殿堂」と畏怖されたニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンが主役から後退してからも、ビッグマッチと言えばラスベガスで挙行されてきた。フリオ・セサール・チャベス、オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ……時代を代表するスター選手が連綿とラスベガスのリングで輝いた。

 大金が動くビッグファイトは大資本の巨大ホテルとの関係なくしてラスベガスに集中しなかったろう(州が所得税などで優遇処置も採っている)。いつの間にか、ラスベガスは“The capital of boxing”(ボクシングの首都)と呼ばれるようになっていた。世界中のボクサーの憧れのリングとなり、ここに立つことがステータスにつながる。

 日本人ボクサーに限れば、初めてラスベガスで世界戦に臨んだのはウェルター級の龍反町だった。1978年にWBC(世界ボクシング評議会)同級王者カルロス・パロミノに挑戦し、7ラウンドKO負けに退いた。

 ラスベガスのボクシングが隆盛を誇ってから歴史をつくったのは西岡利晃である。2011年10月、ここでWBC世界S・バンタム級王座の防衛に成功した。日本人チャンピオンとして初めてラスベガスのリングに立ち、そして勝利を収めたボクサーとなった。

 西岡以降、ラスベガスで防衛に成功したチャンピオンも、惜しくも失敗したチャンピオンもいるが、2試合続けて勝利した例はない。

 ご存じのとおり、井上は昨年10月31日(日本時間11月1日)に初めてラスベガスで試合を行った。オーストラリアのジェイソン・マロニーを7ラウンドでフィニッシュし、ファン、関係者を唸らせた。コロナ禍のあおりで無観客試合(チケット収入なし)ながら軽量級では破格の試合報酬100万ドルの期待にこたえる、上々のラスベガス・デビューと言えた。

 それが証拠に、今回のダスマリナス戦も井上は100万ドルのファイトマネーを手にする。いまやPFP(パウンド・フォー・パウンド)ランキングでトップ争いをする“モンスター”の評価は揺るぎない。

 試合本番の今月19日はマイアミで、これもPFP10傑に入るライト級統一王者テオフィモ・ロペス(アメリカ)の防衛戦が行われる予定だったが、この試合はロペスが新型コロナウイルスに陽性反応を示し、直前で延期されている。図らずも井上戦とのバッティングは杞憂に終わり、視聴者の分散が避けられるのではとみられている。

 ダスマリナス戦で予想を裏切らないパフォーマンスを見せてくれれば、井上に引き続き「世界のボクシングの首都」から出場依頼がくるのは間違いないところだ。パッキャオのような成功も夢ではない。


VictorySportsNews編集部