生きる伝説

 パッキャオが打ち立てた偉業を数え上げるだけでも大変だ。プロで71戦もして62勝39KO7敗2分。この間にのべ30人を超す世界王者経験者と拳を交え、メジャー王座の6階級を制覇した。

 とにかく試合が退屈しない。鋭いステップインから左強打を叩き込み、ラッシュしまくる全盛期のエキサイティングなファイトはいつ観ても面白い。身長166センチのパッキャオが大きな相手を打ち倒していく痛快さは、祖国フィリピンのみならず日本のファンも虜にした。パウンド・フォー・パウンド(PFP)のキングにも君臨した。

 現在のウェルター級より16キロ軽いフライ級で初めて世界チャンピオンになったのはもう23年前のことだ。40歳を超えて現役でいることからして驚異的だが、ただリングに上がるだけでなく、絶えずトップシーンで激闘を続けてきた。現在も、試合から遠ざかっているがゆえ休養王者扱いとはいえ、パッキャオはWBA(世界ボクシング協会)の認めるチャンピオンなのである。

 きたる8月21日(日本時間22日)にラスベガスで行われる次戦は、WBC(世界ボクシング評議会)&IBF(国際ボクシング連盟)チャンピオンのエロール・スペンスJr(アメリカ)と対戦する。パッキャオ・ファンには気の毒だが、予想はスペンス優位だ。「パッキャオの最後のビッグマッチ」という見方すらある。

 というのもスペンスが評価の高いチャンピオンだからである。アマチュアで国を代表するボクサーとなってオリンピックに出場。プロ入り後ここまで27戦全勝21KOの快記録を収め、PFPランキング10傑の常連である。31歳と年齢的にピークにあり、パッキャオがこの試合を受けたこと自体がサプライズだという声も上がるほどだ。

 パッキャオはリングで何度もミラクルを起こしてきたが、スペンスにも奇跡のエピソードがある。2019年の10月、スペンスは愛車フェラーリを運転中に大事故を起こした。事故現場は目を覆いたくなる惨状で、スペンスは何度も横転した車から外に放り出されたという。しかし軽傷で済み、再起不能説が出たにもかかわらずカムバック。事故の影響をまったく感じさせずリングで勝利した。

巨額のファイトマネー

 なぜパッキャオは久々の試合でそんな危険な相手と――ひとつにはフィリピンの大統領選挙への出馬資金を稼ぐ必要があるからだとみる向きがある。パッキャオはフィリピンの上院議員の顔も持っているのだ。

 引退して政治家を志すボクサーはいても、パッキャオのようにボクサーと二足の草鞋を履く者はほとんどいない。かねて「国の貧しい人々を助けたい」という意志があり、政治のリングでも戦うことを宣言していた。下院議員選で初当選したのが2010年である。選挙対策費用はじめ政治活動は金がかかるうえ、それ以外の事業や浪費もあるだろう。まだまだ稼ぐ必要があるということか。

 パッキャオが最も稼いだ試合は、有名なフロイド・メイウェザー(アメリカ)との一戦である。2015年5月に全世界の注目を浴びて実現したウェルター級戦では、両者のファイトマネーがメイウェザーが220ミリオン(2億2千万)ドル、パッキャオは150ミリオン(1億5千万)ドルだった。

 そんな天文学的な数字の大金を得てもなお必要だという噂が立つ時点で、果たしてこれまで実際にパッキャオがいくら手にしたのかを知る者など、本人も含めて誰もいないのではないかと思ってしまう。

 スペンス戦のファイトマネーは明らかにされていないが、前戦(2019年7月)のキース・サーマン(アメリカ)戦では、パッキャオは10ミリオン(1千万)ドルをゲット。これより高額であるのは間違いない。スペンスが今のパッキャオと戦えば有利だろうと目されているのは前述の通りだが、試合の宣伝活動を見るとAサイド(主役)扱いなのはパッキャオなのである。

 さて、肝心のリングでパッキャオはスペンスに勝つことができるか。過去には、2階級上げてスーパースターのオスカー・デラホーヤ(アメリカ)に快勝した試合、それよりもさらに大きな体格差を克服して6階級制覇をなしたアントニオ・マルガリート(メキシコ)戦など、戦前の心配を杞憂に終わらせてきたパッキャオ。スペンス戦でミラクルを起こせば、とんでもないことだが……。


VictorySportsNews編集部