本格的なシーズン開幕となる10月下旬から始まるグランプリ(GP)シリーズを前にした力試しの大会。新たな演目に挑戦し、まだ十分な滑り込みができていない選手もいる中で、三原の演技は出色だった。美しいピアノの旋律が印象的なSP「戦場のメリークリスマス」は、軽やかで伸びのある滑りを持ち味とする三原に合った演目。経験豊富なスケーターらしく「表現の中にメリハリをつける。最後まで滑り終えたら涙ぐむような感じ」と情感豊かに演じた。前半の3回転フリップでは着氷でこらえるような形となったが、演技後半のルッツ-トーループの連続3回転ジャンプは流れるように決め、スピン、ステップはすべて最高難度のレベル4をマーク。70点に迫る高得点で、演技後は観客からの大きな拍手にガッツポーズで応えるも、取材には「今季初戦ということで、緊張はあった。今まで練習してきたことをしっかり出し切るっていうふうにやった。もっと強くしたいと思うところがたくさんあるので、とりあえず、すぐに確認したいなという感じです」と慢心することなく振り返った。


 そして、真価を発揮したのは翌日のフリーだった。フラメンコを情熱的に踊る新プログラム「恋は魔術師」の中盤で音楽が止まるアクシデントが発生。予期せぬ事態に一瞬、戸惑いも見せたが「流れを途切れさせたくなかったのもあって、ルッツまでやっちゃってた」とさらり。無音の中で3回転ルッツからの3連続ジャンプを鮮やかに成功させ、曲が再開した終盤には「最後終わってから倒れるくらい全力を出し切れるようにしたい」と語っていた見せ場のコレオシークエンスも切れ良くまとめ「いい切り替えだったかな」と地力を示した。まだ8月とはいえ、2月の北京冬季五輪出場の河辺愛菜(愛知・中京大中京高)に合計点で27・94点の大差を付けたのは自信になったはずだ。


 膨大な練習量に裏打ちされた技術の高さとは裏腹に、勝負どころでどこか精神面のもろさが顔を出すのが三原舞依というスケーターだった。シニアデビューした2016―2017年シーズンでいきなり四大陸選手権女王に輝き、18年平昌冬季五輪代表候補に名を連ねながらも最終選考会を兼ねた17年12月の全日本選手権のSPでまさかの出遅れ。フリーで巻き返しを狙うも5位に終わり、夢舞台を逃した。19―20年シーズンには「スケートができるできないではなく、毎日の生活が苦しかった」と、心身とも体調を崩してリンクに立つことすらできない状態となってシーズンを全休。たくさんのファンからの手紙や恩師である中野園子コーチの励ましに背中を押されて第一線に戻ってきたが、昨年12月の全日本選手権では4位にとどまり、3枠を懸けた北京五輪代表争いであと一歩及ばなかった。


 言葉には言い表せない悔しさは何度も味わってきた。それでもそれを表には出さないのが三原の強さだ。1月の四大陸選手権では5年ぶりに女王に返り咲くと「まだまだ恩返しして見ている方の笑顔や元気の源になりたい」と現役続行を表明。そして5月に行ったのが、カナダ・トロントでの約3週間のスケート留学。名門「クリケットクラブ」を訪れ、五輪2連覇の羽生結弦さんを指導したブライアン・オーサー、トレイシー・ウィルソン両氏の下で「スケーティングの部分で体の重心の持っていき方、ジャンプを(基礎点が1・1倍になる)後半に持っていきたいと思っているので、完成度を上げていく練習を教えてもらった」と言う。それだけではなく、現地の大学院で授業を受けるための手続きや受け入れ先との調整もすべて一人でこなし「大変だったけど、いまこうしていつもの生活に戻ったときにいつも以上のことができるようになった。体力面でも精神的にも成長できたのかなと思っている」と成果を強調する。


 まさに一皮むけた姿を見せたシーズン初戦と言っていい。今季のGPシリーズは第4戦の英国大会(11月11~13日・シェフィールド)と最終第6戦のフィンランド大会(11月25~27日・エスポー)にエントリーしており、弾みを付けて臨む。ウクライナ侵攻に伴う措置でロシア勢が不在の中、シリーズ上位6選手で争うファイナル進出(12月8~11日・トリノ)は当然狙える実力を備えている。シーズン全休以降、徐々に回復している体力面も「(オフの)アイスショーから練習に戻るとき、いままでは結構苦しんだこともあったけど、今季はどんどん元気になってきて、たくさん疲れた後でもすぐに元気になることができて、これを食べてとかいろんなことを考えられるようになった」と手応えをにじませる。


 げんさんサマーカップでは、優勝賞品として贈られた近江牛を受け取り「まだまだ滑っているうちに『もうちょっとこうしたい』というのがある。今回学んだことを、次に生かしたい」。心技体を地道に磨いてきた苦労人がどこまで駆け上がるか。楽しみなシーズンが始まった。


VictorySportsNews編集部