コロナ禍前の盛り上がりを見せるイギリス国内

 意外かもしれないが、体操は英国の人気スポーツのひとつだ。特に女子の人気が高く、女子の試合日はチケットの入手が困難になるほどだという。英国体操界は強化の面でも成功しており、2012年のロンドン五輪を契機に男女とも強化が進んだ。男女とも種目別を中心に五輪や世界選手権で表彰台に上がる選手が次々と誕生。今回の世界選手権では女子団体が銀メダル、男子団体は銅メダルと、とうとう団体アベックメダルを手にした。そうなれば見ている人々は自然と楽しくなるもので、英国選手が着地をピタリと決めるたびに、会場は拍手と大歓声に包まれている。

 ちなみに、今回の世界選手権はアルコール・ハンドジェルブランドが公式スポンサーになっており、会場のあちらこちらに消毒マシーンが設置されている。一方でマスク着用義務や声出しの禁止はなく、すっかりコロナ禍以前と同じような「スポーツ観戦の熱狂」を取り戻している。

運命を左右した「あん馬」

 11月2日には男子団体決勝が行われ、予選1位通過の日本は同2位通過の英国と同じ組で6種目をまわった。日本のエースは橋本大輝(順天堂大学3年)。昨夏の東京五輪で男子個人総合と種目別鉄棒の2冠に輝いた21歳だ。東京五輪のメダル獲得時はまだ19歳。男子体操史上最年少の金メダリストとなった体操界の新しい“顔”は、英国ファンもすっかり認知されている様子で、入場時の選手紹介ではひときわ大きな拍手を浴びていた。

 この橋本、サッカー日本代表で言えば久保建英(レアル・ソシエダ)と同じ2001年生まれだ。中学時代までは無名だったが、市立船橋高校に入ってから目覚ましい成長を遂げ、3年生だった2019年世界選手権(ドイツ・シュツットガルト)では最年少代表として団体銅メダルを獲得した。

 それから3年。21歳にして既に五輪で金メダル2つを手にしているものの、世界選手権での金メダルはまだない。今回は団体での金メダル獲得を最大のターゲットとし、谷川航、弟の翔(ともにセントラルスポーツ)、神本雄也(コナミスポーツ)、土井陵輔(日体大)とともに挑んだが、4年ぶりに金メダルを奪回した中国の後塵を拝し、銀メダルにとどまった。

 日本は最初のゆかで全体トップの点を叩き出す好スタートを切った。2番目のあん馬では一番手として出た橋本が、落下した予選からしっかり修正して最後まで通し切り、日本は良い流れをキープしているかに見えた。ところが橋本に続いた土井と谷川翔が相次いで落下。終わってみれば、あん馬で低得点に終わったことが最後まで響いた。

 橋本は最終種目の鉄棒で、出場全選手のトリを飾っての演技。しかし、優勝するには17・596点が必要という、実質不可能な状況で集中力を保つのは難しかった。(橋本の予定演技構成の難度を示すDスコアは6・5点。演技の出来映えを評価するEスコアが10点満点だったとしても追いつかない)

 最初の離れ技であるF難度の「リューキン」でまさかの落下。その後すぐに立て直し、どの技もしっかりと演じきったのはさすがだったが、課題としてきた着地をピタリと決めても笑顔が浮かぶことはなかった。

パリ五輪に向けて

 それでも、あん馬の終了時に6位まで下がっていたところから2位まで上げ、全体の3位までに与えられるパリ五輪の団体出場権は確保した。この後は個人総合、種目別と続き、日本からは男子個人総合に橋本と谷川航が出場。種目別に進出している選手も多く、ゆかに土井と橋本、あん馬に土井、つり輪に神本、跳馬に谷川航、平行棒に神本、鉄棒に橋本と神本が出場する。

 メンバー5人全員が初代表で団体総合7位と健闘した女子も、個人総合に宮田笙子(福井・鯖江高校)と山田千遥(朝日生命体操クラブ)、跳馬に宮田、平均台に宮田と渡部葉月(中京ジムナスティッククラブ)、ゆかに宮田が出場する。日本選手がこれほど多く種目別決勝に進んだのはかなり久しぶりのことだ。

 6日まで続く世界選手権。大会直前に両手首を痛めた橋本は「チームのみんなに迷惑をかけてしまった。僕がもう少し頑張っていれば…。でも、みんなに助けられて予選、決勝とやることができたので、この悔しさを個人決勝で晴らしたい」と力強く言う。パリ五輪に向けても期待度の高い体操。時差の関係で試合は日本時間の夜中や深夜だが、ぜひ注目してほしい。


VictorySportsNews編集部