東京五輪メンバーの多くが今季から導入された新ルールへの対応に苦戦する中、際立ったのは引き出しの豊富さだ。得意の鉄棒では昨季よりも高難度の構成を決めて見せ、日本体操協会の水鳥寿思強化本部長も「日本のエースが引き続き、成長し続けていることを見ることができたのは非常に良かった」と胸をなで下ろした。2位には27歳のベテラン・神本雄也(コナミスポーツ)、3位には20歳の新鋭・土井陵輔(日体大)が初の表彰台に立ち、改めて日本男子の層の厚さがうかがえる結果となった。
「鉄棒だけは攻めて勝ちたいと思っていた」と語る決勝の最終種目に橋本の進化がぎゅっと詰まっていた。ルール変更によって難度がDからCに落ちた離れ技の「ヤマワキ」を外し、新たにF難度の離れ技「リューキン」を組み込むだけでなく、倒立技の「アドラー1/2ひねり」(D難度)からの連続技にすることで0・2点の加点を上積み。昨季のDスコア(演技価値点)を0・2点上回る6・7点の異次元の構成は、水鳥強化本部長が「難度がより取りにくくなったルールで、これだけの構成を組めるのは世界でもおそらく彼だけ」と驚愕するほどだった。
予選では回避した演技冒頭の「アドラー1/2ひねり」からの「リューキン」で実戦初披露ながら危なげなくバーをつかむと、その後はカッシーナ、コールマン、伸身と開脚の連続トカチェフの離れ技も流れるように成功させた。そして、観客をこの日最も沸かせたのは伸身の新月面での着地だ。高い放物線を描くと、マットに吸い込まれるように両足がぴたりと止まった。テレビカメラに向かって何度も左拳を突き出し「半年前からずっと練習してきた。やっと鉄棒で着地が止まった。練習の成果が出たなと思いました」と充実感に浸った。
にじみ出るエースとしての矜持
昨年10月の世界選手権(北九州市)は、着地に泣かされた。個人総合では予選1位通過しながらも、決勝最終種目・鉄棒の着地で1歩動いて張博恒(中国)に0・017点及ばず2位に終わると、種目別鉄棒でも着地でこらえきれず、後ろに1歩動いて銀メダル。五輪2冠の再現をすることができず「全部、着地1歩の差で悔しい結果になってしまった」と悔しさを噛み締めた。それだけに冬場は「着地は一番点数がとりやすい、技ではないけど、技と言えるくらい重要なものなの。どんなに小さな1歩でも止める」と強い決意を胸に一から鍛え直した。ウォーミングアップの時間に毎日15分間、バランスボールを使った体幹トレーニングや不安定な板の上で足を動かすなどの股関節のトレーニングを行い、ロイター板を使って後方1回宙返りから屈伸宙返り、伸身宙返り、1回ひねり、前宙、前宙1/2ひねりを順番に着地が止まるまで繰り返した。その成果を今季初戦で見事に証明。東京五輪を上回る15・433点のハイスコアは圧巻だった。
橋本で特筆すべき点は予選にもあった。1種目目だった跳馬で「ロペス」の着地が珍しくラインオーバーになると、続く平行棒では「ミスしたことがない」という棒下宙返りで体重移動がうまくいかずに落下した。鉄棒でも着地が乱れ、前半3種目を終えて第2班で8位。完全に悪循環にはまったと思われたが、五輪王者は精神面でも向上していた。4種目目の床運動に向かう前に1分間目をつぶって瞑想。「自分が何しているかをまず考え、試合をしていると真っ先に浮かんで、じゃあ本当に何をしているんだと思ったら、試合じゃなくて体操をしていると思って、その時に自分のやりたい体操とは何だろうと考え直した」。
落ち着きを取り戻し、床運動と落下の危険性が高いあん馬をイメージトレーニングすると「ここから追い上げる。守ったら駄目だと攻める気持ちをつくり直した」。床運動でG難度「リ・ジョンソン」など跳躍技を立て続けに決めて14・733点。あん馬でも大崩れすることなく、乗り切ると、Dスコア(演技価値点)を底上げした苦手のつり輪でも14点台に乗せ、鮮やかな巻き返しで予選1位を堅持した。心技体ともに充実した姿を見せ、優勝を決めた後の場内インタビューでは「今年はまだ始まったばかりだけど、(5月の)NHK杯も優勝して、世界選手権では団体総合、個人総合の金を目指し、世界一のチームを作っていく」と高らかに宣言。その姿はすでにエースとしての矜持がにじみ出ていた。
パリ五輪へ。準備期間が1年短いことによる調整の難しさも
パリ五輪の代表枠は東京五輪の「団体メンバー4人、個人枠選手最大2人」から12年ロンドン、16年リオデジャネイロ両五輪と同じ「団体メンバー5人」に変更。この5枠を巡り、そうそうたる実力者がしのぎを削ることになる。全日本で名乗りを上げた神本は日本が伝統的に苦手とするつり輪で高得点が狙える貴重な戦力で、水鳥強化本部長は「なくてはならない存在。若い選手を引っ張るベテランが結果を出したことはチームのバランスを考えた上での安心感というところでもよかった」と、2019年の世界選手権では主将も務めた男のカムバックに目を細め、3位の土井についても「Eスコアがすごく残る選手。このルールはEスコアで厳しく減点されるので、美しい体操を継承する選手として期待ができる」と称賛した。
東京五輪で2連覇を逃して銀メダルに終わった団体総合での覇権奪還へ残された期間は2年ちょっと。新型コロナウイルスで東京五輪が1年延期となったことで、新ルールの対応を含めた準備期間は1年短くなり、順大の冨田洋之監督は「五輪前年には演技構成を固めてしまって完成度をどんどん高めていくのが理想になってくるので、1年短いことは負担になる。Dスコア(演技価値点)とEスコア(実施点)の両方を伸ばしていかないといけない」と調整の難しさを語る。その言葉どおり、全日本では東京五輪メンバーの萱和磨や谷川航(ともにセントラルスポーツ)、北園丈琉(徳洲会)にミスが相次いだ。地力があるだけに、急ピッチで立て直しを図り、全日本の予選と決勝の得点を持ち点に争う5月14、15日のNHK杯(東京体育館)でどこまで追い上げられるかが注目だ。