11月19日に開催された「UNIQLO LifeWear Day Tokyo 2022 with Roger Federer」は、ユニクロ社が企画・主催したイベントだ。フェデラーの他にも錦織圭や、車いすテニスの国枝慎吾とゴードン・リードら、同社のグローバルブランドアンバサダーたちが参加。それらトップアスリートたちが、招待された約240人の子どもやジュニア選手たちと交流し、夢と情熱を次世代に伝えた。

 柳井康治ファーストリテイリング取締役は、「フェデラー選手の進退とは関係なく、このイベントは開催する予定でした」と明かす。

「フェデラー選手の偉業を称えるとともに、彼のメッセージを次世代につないでいくことがテーマ。演出面でも、フェデラー選手への感謝の気持ちを観客の皆さんと一緒に伝えたいとの思いの下に準備を進め、それを実現できるパートナーと共にイベント制作にあたりました」

 煌びやかながら静ひつさも感じさせる演出は、主催者たちのそのような願いの反映だった。

 “ミスター・パーフェクト”と称される流麗なプレーで、獲得したグランドスラムタイトルは20、ATPツアー優勝は103を数えるフェデラー。それらの大記録もさることながら、彼が「テニス史上最高の選手」と称賛さえる所以は、コート内外で体現する人格陶冶のプロセスにある。

 10代の頃は試合中にラケットを投げることもあったが、世界1位となった22歳の頃から、コート内外でも紳士なふるまいを見せてきた。“フェアプレー賞”に相当する“ステファン・エドバーグ・アウォード”に13度輝いたことを、彼は「僕の経歴の中で最も誇りに思うこと」だと言及している。

 同時にその頃から、彼は“ロジャー・フェデラー基金”を立ち上げ、子どもたちを援助してきた。特に力を入れるのが、アフリカ南部の教育機関の充実だ。学校を設立し、人権や平等の重要性を説き、貧困問題解決にも力を注ぐ。“マッチ・フォー・アフリカ”と銘打ったチャリティエキシビションは既に6回開催し、特に2020年の南アフリカイベントでは、一晩で5万人を超える観客と、350万米ドル(約4億7千万円)以上の寄付金を集めた。

 テニスで自身が得た発信力や影響力を、世界を良くするために用いたいという情熱が、コート内外の彼の言動に一本の柱を通していた。

 4年前にフェデラーとユニクロが契約を結んだ時、両者の間で交わされたのは、理想の未来実現への願いでもあったという。

「テニス選手としてのあなたのキャリアはいつか終わるが、我々はあなたの人生そのものをサポートしたい」

 ユニクロは、フェデラーにそう訴えた。さらに契約交渉の席では、柳井正社長が「この世界をより良い場所にするために力を合わせましょう」の言葉で、フェデラーを説得したという。

「ユニクロは、フェデラー選手が行なってきた様々な活動に感銘を受け、尊敬の念を抱いてきました。弊社とフェデラー選手がパートナーシップを締結することにより、新しい価値を共に生み出していきたいと思い、またフェデラー選手もその理念に賛同して下さったからこそ契約に至りました」

 柳井氏は改めて、フェデラーを“グローバルブランドアンバサダー”に望んだ理由を力説した。

 その理念実現に向けた大きな一歩が、先日発表された「UNIQLO Next Generation Development Program」の発足である。このプロジェクトの目的は、同社とブランドアンバサダーたちが提携し、子どもたちの夢実現を支援していくことだ。ユニクロのブランドアンバサダーには、前述した4名のテニスプレーヤーに加え、スノーボードの平野歩夢、そしてゴルフのアダム・スコットが名を連ねる。

 これまでにも同社は、これらトッププレーヤーたちと共に、クリニックやセミナーなど次世代育成の取り組みを進めてきた。さらに今後は「UNIQLO Next Generation Development Program」の名称の下に、一連の活動を体系化し一層の深化をはかっていくという。

「子どもたちが未来のリーダーに成長できるよう、6名のグローバルアンバサダーをはじめ、世界の一流アスリートや様々な団体と提携し、多彩なプログラムを展開していきます。これはユニクロが進めるサステナブル活動内の教育の部分でもあり、次世代育成を通じた社会貢献活動でもあります」

 それこそがプログラム発足の経緯とコンセプトだと、柳井氏は語る。

 そのような理想の実現に向け、テニス、そしてロジャー・フェデラーは、最もふさわしいパートナーだと言えるだろう。テニスは世界各地で常時大会が開かれ、“グランドスラム”という世界最高の座を競うイベントが年に4度も開催される。世界各地に直接リーチできるという意味において、非常に優れたプラットフォームだ。また、男女共催や賞金同額をいち早く実現するなど、人権や多様性への意識が高い。加えて、車いすテニスのプロ選手が複数名存在するなど、障がい者競技の充実度でも他の先を行く。

 柳井氏は、同社の理念とテニスとの親和性について、次のように語った。

「テニスは世界中でプレーされ、観戦されているスポーツです。その国際性に加え、車いすテニスツアーなどの先進性や、男女の平等性においても素晴らしい競技だと考えます。我々のアンバサダー6名のうち4名がテニス競技に居ることを考えても、ブランドとの親和性は高く、選手を通じてユニクロの理念を世界中に伝えることができると思います。さらにフェデラー選手をはじめ、それぞれのアンバサダーが人間性においても優れ、尊敬を集められる方々です。それも、次世代育成を中心とした取り組みを一緒に進めていける、大きな理由であると考えています」

 11月19日に有明コロシアムで繰り広げられた光景は、そのような夢への青写真でもある。

 まだラケットを握る前の子どもたちが、段ボール製のラケットを手にはめて、スポンジボールを追った。既に国内外で活躍するジュニア選手たちは、コート上でボールを打ち、フェデラーや錦織から直にアドバイスを受けた。

 全日本ジュニア選手権16歳以下の優勝者でもある富田悠太が、錦織から「フェデラーに質問はある?」と促され、「結婚がテニスに与えた影響はありますか?」と尋ねて笑いを誘う一幕も。

 4選手が参加したトークセッションでは、各々が少年時代の取り組みや、テニスへの情熱をリアルに言葉で綴った。ラケットとボールを用いたコミュニケーションがそこにはあり、通いあわせる意志があった。

 イベントを終えたフェデラーは、子どもたちへのメッセージとして、次のように語っている。

「僕はいつも自分の子どもたちに、『Shoot for the stars, and land on the moon』(“星にむかって、月への着地を目指そう”)と言い聞かせているんだ。自分が可能だと思うことの、さらに上を狙うんだと。それが夢を叶える道である。もちろんそのためには多くの努力が必要だし、正しい方向に導いていく親や指導者も必要になる。

 僕は今日、子どもたちが抱く情熱や夢に触れることができた。日本には(錦織)圭と(国枝)慎吾という素晴らしい選手がいる。彼らに憧れた子どもたちが、新たな扉を開くはずだよ」

 さらに満面の笑みを浮かべながら、未来について言葉を続けた。「この先の僕のスケジュールは、現役時代とはガラリと変わってくる。ユニクロと提携し活動していくのが、とても楽しみだよ」と。

 ツアーに別れを告げたことで、フェデラーの輝かしいキャリアは一つの章を閉じ、テニス界そのものも一時代の終焉を迎えた。それは、寂しいことではある。ただその終幕は、新たな始まり特有の、希望の匂いをまとっていた。4年前にユニクロとフェデラーが交わした、「より良い世界」へ願い。その壮大なる夢の実現に向けた旅は、光あふれる有明コロシアムから始まる。


内田暁

6年間の編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスとして活動し始める。2008年頃からテニスを中心に取材。その他にも科学や、アニメ、漫画など幅広いジャンルで執筆する。著書に『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)、『中高生のスポーツハローワーク』(学研プラス)など。