ガッツポーズに勝負弱さ…

 千秋楽の本割で大関貴景勝が激しい攻防から関脇若隆景を下して12勝目を挙げた。優勝決定戦進出を決めたことを意味し、その瞬間ガッツポーズをつくった。相手を敬う心を大切にする大相撲界だけに、土俵上でのガッツポーズはご法度。アマチュアとは違う由縁でもある。貴景勝もその辺りは重々承知しているはずだが、思わず出たものだろう。格下が相手で、まだ優勝を決めたわけでもないのに図らずも体が反応した場面は、大関でも簡単には勝てず、番付崩壊が進んでいる証左とも捉えられる。

 優勝した阿炎は、新型コロナウイルス感染対策のガイドライン違反発覚の〝第1号〟となり、3場所の出場停止処分を受けた。また、場所後には大関経験者の幕下朝乃山が関取復帰を決めた。こちらも同じくガイドライン違反を犯し、日本相撲協会の調査に当初、うそをついて潔白を主張したこともあり6場所という長期の出場停止処分を科された。ともに一度は引退届を出して相撲協会の預かりになった身。改心してセカンドチャンスに懸けている姿は人々に支持されている。

 元大関の高安はまたしても優勝を逃した。今回は単独首位で千秋楽を迎えながら賜杯を抱けなかった。持っている力をここ一番で発揮できず、勝負弱さを露呈するのは精神面が無関係ではなさそうだ。新型コロナウイルス禍の前、こんな出来事があった。勝って好成績を維持した高安に支度部屋で話を聞くために近づこうとした報道陣に対し、付け人が何も言わずにいきなり記者の体を手で押し、近づけなくした。周囲には十分なスペースがあって他の力士たちの邪魔にならない状況だったにもかかわらず、しかも言葉もなしに。優勝争いが佳境に入る前で早くもピリピリムードを漂わせていた。

 最近でも、終盤になるにつれて動きの硬さが露呈。本人は「稽古が足りないということに尽きると思います」と反省する。中卒たたき上げで稽古を積み、一度は看板力士になった。賜杯をつかむためには、何も考えずに遮二無二ぶつかっていくことが必要かもしれない。 

未練なくすっきりと第二の人生

 高安のような中卒たたき上げと対比されるのが学生相撲出身力士で、最近は高校や大学の相撲部から入門するパターンが目立っている。その中の1人、元幕内の十両豊山が九州場所後に電撃引退した。九州では負け越したものの、まだ幕下に落ちる危険性はなかっただけに驚きをもって受け止められたが、本人によると腕の痛みが限界に来ていたという。東農大時代には時津風部屋に出稽古し、プロの力士に交じっても体格で引けを取らず、末恐ろしい雰囲気だった。東農大相撲部関係者は当時、先輩の正代を引き合いに「正代よりスケールが大きい」と証言していた。しこ名は同じ新潟県出身で大学の先輩に当たる大関豊山から授かり、期待の大きさが表れていた。月給110万円の十両の座を捨て、親方として相撲協会に残らずに、トレーナーの道を歩むことを明かした。

 もう1人のサプライズが元小結の幕内千代大龍で、九州場所8日目に突如、引退が発表された。日体大時代に学生横綱に輝くなど将来性は豊かだった。月給140万円の幕内に在籍しながらこちらも協会には残らないことを選択し、将来は焼き肉店を持つことを目標に掲げた。ともに角界への未練を口にせず、第二の人生のことを想定しての去り方だった。

 この2人が相撲協会に残ることができないのは、親方になる際に必要な年寄名跡が足りないからとの指摘も出た。以前は65歳の定年で親方は退職となり、協会から旅立った。しかし、北の湖理事長(元横綱)時代の2014年、再雇用制度が導入された。65歳の定年後、希望すれば親方名のままで「参与」という立場で70歳になるまで協会に籍を置ける。部屋を持つことはできないが、経験を生かして後進の指導などに当たる。名跡の数は105と決まっており、参与として定年後5年も残ることができれば、自ずと空きが出にくくなる。

 一方で、準備の必要性も見逃せない。ある部屋持ちの師匠は「将来、親方になって部屋を持ち、弟子を育てたいという志を持つようになると、指導法を勉強したり、貯金をしたり、人脈を広げたりと現役の頃からいろいろと心構えをしておかないといけない。そういう覚悟を持たないと親方衆にはなれない」と説明する。若者の人生を預かる大事な仕事なだけに、ただ単に関取の座を維持したり、人気があったりするだけでは務まらない。しっかり意志が固まらないと、他の道を模索するのもやむを得ない面がある。

応援関連のダブルスタンダード

 大相撲興行で本場所と両輪をなす地方巡業にも動きがあった。新型コロナウイルス感染対策の点から移動によるリスクを考慮し、これまでは関東近辺に限られていた。それが九州場所後の冬巡業では九州や中国、関西などでも開催された。冬巡業でいえば、従来は九州一円を回るのが恒例だったが、今回は岡山県総社市や大阪府枚方市などを巡り、最後の開催地は三重県四日市市だった。久々の場所も多く、ファンの引き留めや開拓でも効果的だった。

 2003年から興行主に権利を販売する「売り興行」になったため、巡業には勧進元が必要だ。巡業部のある親方は「勧進元には地方自治体なども多く、1年前とか早めに予定を決めなければならない。新型コロナ禍になって先の見通しが立てにくい時期があってなかなか大変だ」と苦労を語っていた。それでも、8月に夏巡業を開いた茨城県古河市ではチケットが完売。関係者によると、巡業開催に関する問い合わせも増えてきており、神奈川県藤沢市や愛知県岡崎市など来年4月の会場も明らかになっている。今回、実施エリアが広がったことで、一歩ずつではあるが元通りへ近づいているといえる。

 巡業も含め、大相撲では観客に声を出しての応援ではなく拍手が推奨され、マスク着用が求められているが、「ウィズコロナ」の応援形態も今後問われていきそうだ。サッカーのワールドカップ・カタール大会では日本が1次リーグで強豪のドイツ、スペインを撃破したことで大いに盛り上がった。テレビ局などメディアは国内のスポーツバーなどに取材陣を送り込み、マスクなしで騒ぎながら声援を送るファンたちのフィーバーぶりを喜々として報じていた。普段は「新型コロナの第8波が…」とか「東京都の新規感染者数は…」などと伝えているのに、批判的なトーンは皆無。メディアのダブルスタンダードという問題もある。

 スポーツ選手というカテゴリーでは、普段からまげを結い、着物を着るなど力士は〝替えのきかない〟アスリートの最たるもの。それだけに、各場所の番付発表後は原則的に外出を禁止するなど、一般社会よりも厳格な対策を続けている。いかに感染を避けながら興行を楽しめるか。いろいろとテーマの浮かび上がった巡業でもあった。


VictorySportsNews編集部