ローリング・ストーンズ超え

 28歳のデービスは「Tank」の愛称を持つ。一説によると、頭の大きさを評して昔のトレーナーが名付けたというが、「戦車」と訳されるニックネームにふさわしい左利きのハードパンチャーだ。一目置かれてきたのは50戦全勝で現役生活を終えたフロイド・メイウェザー氏(米国)に早くから才能を見いだされ、最近までプロモートを受けていたことにもある。〝メイウェザーの秘蔵っ子〟とも言われてきた。

 メリーランド州ボルチモアの犯罪が多い地域で生まれ育ち、本人によると、友人の何人かは殺されたという。今でも、試合前には記者会見などで対戦相手を言葉汚くののしったり、会見時の記念撮影で相手を台の上から突き落としたりと、やんちゃぶりが目立つ。それでもボクシングのセンスは折り紙付き。身長166㌢とやや小柄ながら強靱な体幹、抜群の反射神経を生かし、左のフック、アッパーカットなどで相手を次々にキャンバスに沈めてきた。

 今回のガルシア戦に向け、3月上旬に行われた最初の記者会見も2時間近くも遅刻して会場入りし、激しいトラッシュトークを展開した。素行不良の一面を保持しながら無敵の姿でファンを魅了。1月にTKO勝ちした直近の試合は、首都ワシントンにあるキャピタルワン・アリーナで開催された。関係者によると、当日は入場券完売で1万9千人超が詰めかけ、チケット収入だけで約518万㌦(約7億円)をマーク。これは往年の人気ロックバンド、ローリング・ストーンズが持っていた同会場の記録を更新するフィーバーぶりだった。

インスタのフォロワー925万人

 元世界ヘビー級王者、マイク・タイソン氏(米国)をして「現役最高のファイターだ」と言わしめるデービス。そんな逸材も、のっぴきならない状況にある。ガルシア戦後に刑事罰を受ける可能性があるためだ。2020年にランボルギーニを運転中に信号無視で事故を起こし、妊婦を含めて4人にけがを負わせた。現場からすぐに逃亡し、法律違反に問われた。裁判にかけられ、2月には信号無視や無免許運転、人身事故の現場を離れることなど四つに関して自ら有罪と認めた。判決は5月5日に言い渡される。

 これまでも暴力関連で逮捕歴があるが、今回ばかりは刑務所行きも覚悟しなければならない。現時点ではいわば「被告」で、法制度の異なる日本では、こうした立場のボクサーが試合に出場すること自体考えにくい。メイウェザー氏も現役時代の2012年、元恋人への暴行罪で実刑判決を受け、2カ月間収監されたことがある。その辺りの割り切りは、訴訟社会たる米国らしさか。また、そんなダーティーな側面を持つデービスを一体誰が倒すのかという興味も試合を重ねるごとにヒートアップし、デービスのステータスを上げている。

 対戦相手のガルシアは、〝いわく付き〟のデービスが早速、会見に遅刻したことに「プロフェッショナルではない彼の性格や誠実さが表れている」と断じた。ガルシアはカリフォルニア州出身。以前は、全階級を通じた最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」で1位に君臨していたサウル・アルバレス(メキシコ)とトレーナーが同じで、いわば同門だった。身長は178センチと高く、スピードあふれる攻撃で「King」の愛称で親しまれている。インスタグラムのフォロワーは約925万人で高い人気を維持。プロモーターをかつての名王者、オスカー・デラホーヤ氏(米国)が務めている。

むき出しの野生

 昨年11月頃から今年に両雄が対戦するとのうわさが流れていた。しかし顔を合わせる両者の存在感が大きければ大きいほど絡む金銭も巨額になり、プロモーション会社やバックアップする放送局を巻き込み、交渉が難しくなるのは世の常だ。例えば、ウエルター級で無敗を誇り、PFP上位常連のテレンス・クロフォードとエロール・スペンス(ともに米国)の対決は、昨年11月実施へ向けて話が進んでいると報じられながら最終段階で決裂した。

 米メディアによると、今回の一戦でも再戦条項や、視聴ごとに課金のペイ・パー・ビューを受け持つ中継局の調整がネックとなっていたが、最終的に決着。ファンを大いに喜ばせたと同時に、当人たちにとってもさらなるステップアップに向け大きな合意となった。最新の情報で、デービスの総資産は500万㌦、年収200万㌦と推定される。交流サイト(SNS)での発信に積極的なガルシアはさらに上で総資産2000万㌦、年収は250万㌦。2019年に結んだデラホーヤ氏の会社との契約金7億㌦も資産に影響しているとみられる。

 自らもボクシングに取り組んでいた時代のある作家の三島由紀夫は生前、競技の魅力について次のように記している。「そこに偽善がない。妥協がない。文明社会のゆるすかぎりにおいて、闘争本能がもっとも純粋に高揚され、一方が意識を失うまで戦われる。そこに、現代の文明社会で失われたそう快な野生がむき出しになっている」(「三島由紀夫スポーツ論集」)。KO決着の可能性が高いファイトは「むき出しの野生」との表現がぴったり。下馬評ではデービス有利だが、米国ならではの大一番が待ち遠しい。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事