デジタル世界のリアル

 2000年代に入って日本でのスニーカーブームが落ち着いたころ、エア・ジョーダンは、軽々と時空を超えて、ふたたび表舞台に姿を現した。そのきっかけは、スケートボードカルチャーとの融合だ。

 当時のバッシュの中ではソールが薄く、なおかつオールレザーのアッパーがスケートボードでの強度に対応していたこと、くるぶしまで覆うフォルムなどから、スケーターたちがエア・ジョーダン1に目をつけた。そして履き潰してしまうと、似たような履き心地とデザインを求め、同時期にリリースされ、より安価なナイキのダンクに手を伸ばしたのである。
 
 ほどなく、ダンクを愛用していたスケーターたちの意見が実を結ぶ。2002年、スケートボードラインであるナイキSBより、スケートボードに必要な機能を付随し、より特化させたダンクがリリースされたのだ。
 
 エア・ジョーダン1からバトンを引き継ぐ形で、ダンクがバッシュからスケシューへと進化を遂げ、正式にリリースされ、数々のプレミアムなモデルが登場することになる。そして2014年ナイキSBより、エア・ジョーダン1のスケートボード・シューズがリリースされがリリースされ、当然のようにプレミアムな一足として話題をさらった。
 
 翻って、ダンクについて補足すると、これは各大学のチームカラーを反映させたバスケットボールシューズとして1985年にリリースされたモデルである。日本では未発売だったこともあり、その希少性からヴィンテージでプレミア化したのだが、その人気をさらに押し上げたのが、1999年ジャパン企画としてリリースされた、通称〈裏ダンク〉というモデルだ(オリジナルカラーを反転させてたデザイン)。これに続き、2001年にステューシー(Stüssy)とのコラボレーションを皮切りに、現在に至るまで次々と名作が発表されている。

スニーカーヘッズが世界を席捲

 日本のスニーカーブームが落ち着いた2000年代、90年代の日本の熱が飛び火したかのように、今度は海外でスニーカーブームが燃え盛った。たとえば、2005年にリリースされたダンクSB――ニューヨークにあるアートスペースを兼ねたセレクトショップ、リードスペースとのコラボレーションモデルは、発売日数日前から店の前に列ができ始め、発売日当日の朝には警官が出動する騒ぎとなっていた。その列の中には、武器を保有するものもいたという。
 
 なにせ、口コミだけで発売日が広がっていき、30足しか販売数がなかったのだ。これがメディアで大きく報じられ、〈スニーカーヘッズ〉という言葉が広く知られることとなった。当日、300ドルで販売されたダンクSBが、翌日には1000ドルという高値でオークションサイトeBayに出品されていたように、インターネットの発達も伴い、プレミアムなモデルは、世界中の人々に向け高額で取引されるようになっていった。

 また、SNSを通じて、レアモデルのリーク情報などが世界中を飛び交うようになり、このような数量限定、特別なコラボレーションは〈ファッション〉ではなく、〈コレクト〉の対象として、争奪戦が繰り広げられているのである。

バッシュの未来

 こうしてバスケットボールシューズは、エア・ジョーダンを中心に(ダンク、ヒップホップシーンとより関係性が深いエア・フォース1やスーパースター、そしてオールスター)、ストリートファッションに欠かせないものとなった。

 さらにスニーカーヘッズたるコレクターたちの欲求も高まり、プレミアムを求める市場が世界中に拡大している。トラヴィス・スコット(Travis Scott)、トム・サックス(Tom Sachs)、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)が手がけたオフ-ホワイト™(Off-White™)、シュプリーム(Supreme)、ティファニー(Tiffany & Co.)など、ラッパーから現代アーティスト、ストリートブランドからラグジュアリーブランドまで多種多様なコラボアイテムが数量限定で毎年リリースされ、その熱は現在まで治るところを知らない。まるでアイドルの握手会商法のような、抽選に当たったものだけが手にできる〈ガチャ〉要素を含んだ販売方法も複雑化する一方である。

 90年代の日本におけるブームでは、シュルレアリズムやスノビズム、そしてバブル期へのカウンターとしての美徳意識、ルーツを求めたオリジナル、本物志向などに裏打ちされプレミア化されたエア・ジョーダンを中心としたバスケットボールシューズは、まだ〈ファッション〉の範疇にあった。手に入れたら、自分で履く。自慢の1足は、基本的にはストリートで披露して初めて、おのれのアイデンティティーとなったのだ。
 
 しかし、現代は、情報がタイムレス/ボーダレスに共有される。ネット上での販売方法ということもあり、スニーカーが好きな者ではなく、ウェブに詳しい者(転売ヤーも含めて)こそが真っ先にプレミアムにアクセスしてしまう。マイケル・ジョーダンに対する思い入れがなく、スケートボードに熱中していなくても好きな靴を、いくらでもコレクトできるうえ、ビジネスにもなってしまう。
 
 さらには自分の足を通さず、デッドストックとして資産価値を保持したまま保有することができ、その状態でシェアすれば、現代人の誰もが求める承認欲求も満たされる。コレクションは熱意ではなく、金に支配されてしまった。
 
 〈知る人ぞ知る〉から〈情報の透明化〉へと拡大した市場には、もはやシュルレアリズムやスノビズムといった価値基準はない。かわりに、巨大な母集団とSNSがある。レアなアイテムを手に入れた時の高揚感や達成感。SNSでシェアした際には、どこまでも承認欲求が満たされる。
 
 こうして、バスケットボールシューズを中心としたプレミア化されたスニーカーは、〈ファッション〉としてだけでなく、リアルに存在する物質として数少ない物欲を満たせるアイテムであると同時に、承認欲求まで満たされるコレクトアイテムとして、不動の人気を得たのだ。

【スポーツとファッション】スニーカー・カルチャーを牽引するバッシュになったバスケットボールシューズ①【スポーツとファッション】スニーカー・カルチャーを牽引するバッシュになったバスケットボールシューズ②【スポーツとファッション】スニーカー・カルチャーを牽引するバッシュになったバスケットボールシューズ③【スポーツとファッション】野球帽をキャップに変えたスパイク・リーの熱狂

我孫子裕一

我孫子裕一(あびこ・ゆういち)。1977年生まれ。『GRIND』誌の創刊編集長を経て、フリーランスのクリエイティブ・ディレクターとなる。Viceジャパンでは編集執筆にとどまらず、Amazonと共同製作したオーディブルコンテンツ『DARK SIDE OF JAPAN  ヤクザ・サーガ』(https://www.audible.co.jp/pd/DARK-SIDE-OF-JAPAN-ヤクザ・サーガ-Podcast/B09HL3QDM2)の企画立案/リポーターも務めた。