ごく普通の筋トレ好きサラリーマンがすこしだけ頑張れるようになるまでの物語のはじまり〔凡人伝 Vol. 1〕

念願のレギュラーへ

「自己分析」と「習慣化」に明け暮れた中学時代、ついにレギュラー選手になることはかないませんでしたが、諦めることなく、確実に上手くなってきたという実感はありました。それで私は、高校に進学してもバスケットを続けることに決めました。中学でバスケ部に入ったのは友達に誘われたからでしたが、高校は自分で決めました。

 毎日、昼休みにバスケをして、部活が終わった後にも個人練習をしました。体育館のコートが使えないときは、雨降る校庭でも。とにかく他の人より練習し、経験を積むことを意識していたら、高校2年生の時にレギュラーに抜擢されたんですね。その時は、本当に大きな達成感がありました。

本番には悪魔が潜む

 しかし、いざ本番の試合では練習の時のようにプレーできず、良い成績を収めることが出来ませんでした。緊張し過ぎて身体が思うように動かず、プレッシャーに押しつぶされるような感覚でした。今ならわかるのですが、物事を克服するためには経験を反復することが必要です。当時は克服しようとしても、なかなか「試合に出てプレーをする」という経験をさせてもらえず、最後まで「経験化」をすることが出来ませんでした。

 そして監督には「実力を試合で出せない選手」という印象を持たれてしまい、その後の試合にはだんだんと出場機会を失っていってしまったのでした。

バスケットボールからの卒業

 高校3年が近づくと、思うように活躍できない部活動の状況より、自分の将来が気にかかるようになりました。それで——なかば逃げるようにシフトしたのが——受験勉強です。将来の職業に総合商社でのキャリアを志向し、貿易、物流、資源開発など多岐にわたる業界で多国籍な仕事をしたいと考えるようになりました。
 
 そのためには、まずは大学進学です。当時、私は慶應大学の商学部への入学を目標に掲げ、他の学生よりも早い段階から受験勉強に取り組みました。成績はクラスでもあまり良いとは言えませんでしたが。

 しかし、慶應大学に入学するという目標に向かって、一生懸命に勉強し、最終的にはそれなりに上位の成績を収めることができました。特に英語に関しては、クラス内で最下位から2番目にまで成績を向上させることできて自信につながりました。
 
 今振り返れば、この時の勉強への取り組みこそ、バスケットボールでの経験から得た「忍耐力」「継続力」の反映であったと感じます。

 勉強が苦手な自分が積極的に勉強をする時間を作り、電車で英単語を勉強し、食事中にも勉強に取り組むなど、大嫌いな勉強へ向き合う事が出来ていました。「トレーニングの習慣化」と「勉学の習慣化」は、じつは隣り合っていたのでしょう。そのことに気付けたのは幸運でした。しかし、最終的に第一志望である慶應大学には合格できず、学習院大学経済学部経済学科に進学する道を選びました。

部活動と自己満足

 部活動で得た「習慣化の能力」によって、私は受験勉強を乗り切ることができましたが、バスケでレギュラーになれなかったように、大学受験でも第一志望に合格することはかないませんでした。そういう意味では、部活動も受験勉強も、第三者から見れば、私のただの「自己満足」に過ぎないのかもしれません。
 
 当時、「どうして部活動が自己満足に終わってしまったのか」は、今なら理解できます。

〈成功〉とは、自分で決めるものではないということです。成功とは、自分ではなく、第三者に勝つことや、認められること。そのためには、優れた他人から教えを受け、それに従って学ぶことが欠かせません。中学と高校のバスケットボール時代、私は自分なりに努力を惜しまず、さまざまなトレーニングを行っていました。しかし、今振り返れば、その努力が「自己満足」に終わっていたのです。もちろんそれだって、何もやらないより無駄ではないはずですが。
 
 本来、もっとバスケを上達させたいと思うのであれば、バスケットボールが自分より上手な選手に教えを乞う(指導してもらう)べきでした。そして、指導を受けた成果に対して、「できた/できない」を繰り返すことで、自分の「不足」を認識する。
 
 今の自分が、過去の自分にアドバイスするなら、不足を認識して、行動に移すことが一番重要だと伝えたいです。不足を認識し、それを克服するための努力を怠らないことが結果につながる。できない自分を知ることこそが、自己成長の第一歩だと。
 
 でも、偉そうに語っている当の私自身、そのことを知るのは、もっともっと後になってからなのでした。

〔凡人伝 Vol. 3〕につづく

岩田慧吾

中央大学 商学部経営学科を卒業後、株式会社識学に入社。インサイドセールス、カスタマーサクセスなどの業務に約2年従事。マーケティング部にてウェビナーや各種広告運用を担当。現在は社内外両面の広報としてメディアリレーション、講演会活動、記事執筆などの業務に携わる。