その一方で、少年野球の競技人口は少子化のペース以上に減少しているとも伝えられている。そうした子供たちの“野球離れ”に歯止めをかけるべく、さまざまな取り組みがなされているが、その1つに全国各地で開催されているMLBジャパンが主催する「MLBドリームカップ ファンフェスト」がある。7月9日の東京会場にはゲストとして元メジャーリーガーの五十嵐亮太氏が登場し、およそ200人の子供たちやその保護者を前に野球教室を行った。

「200人は多いですね。僕も野球教室は現役時代からやっているんですけど、たぶん今までで一番多いです。野球人口が減っているって考えると、何かしらこういったところで、多少なりとも貢献できたらと思ってるんですよ」

 小学4年生以下の児童で構成されたチームを対象にしたファンフェストのメインイベントは、打撃ティーを使って独自ルールで行われる「BATTING TEE GAME」の大会。野球教室はその試合の合間に開かれる。試合を終えた4チーム、約40人の子供たちが1セットになり、この日は全5セット。最高気温が30度を優に超える暑さの中、五十嵐氏がまず気を配ったのは子供たちの「健康」だった。

「今日は(対象が)けっこう小さい子たちだったので、気温も含めてあんまり無理をさせても良くない。特に夏場は健康第一ですから。そもそも試合もやっているわけだから、健康、安全が第一で、その中であまり負担がかからないように、疲れすぎないようにというところを考えました」

MLBドリームカップ ファンフェスト 7月9日の東京会場の様子

 1セット20分ほどという限られた時間の中で「どれぐらいコンパクトに、わかりやすくまとめられるかっていうのが大事」という五十嵐氏が中心に据えたのは「体の使い方」と「キャッチボール」。前半の10分は上半身の柔軟体操に始まり、片足バランスやV字腹筋、アジリティやサイドステップといった運動を、お手本を示しながら子供たちに教え、後半10分は野球の基本であるキャッチボールの時間に充てる。最初は体への負担や安全面も考慮し、子供たち同士で膝立ちのまま投げ合うスタイルで行わせていたが、途中からは1人1球に限定して立ち投げで自らキャッチボールの相手を務めた。

 この日の野球教室に先立ち、五十嵐氏は「なるべくいい思い出になって、楽しく野球を続けたいなって思ってもらえるような内容にしたいと思います」と語っていたのだが、元プロ野球選手、それもメジャーリーグでもプレーしていた選手とこうした形で接するというのは、子供たちにとって何よりの「思い出」になるだろう。

 ただし1セットで約40人、時間も限られているとなると1人ひとりと直に接するのはまず不可能。全ての子どもたちと「思い出」をつくるために行き着いたのが、この1球限定のキャッチボールだった。しかも、五十嵐氏が子供たちに“投げて”いたのはボールだけではない。

「おー!いいボール」、「めっちゃいい!」、「おっ、キレイな回転」、「なんかオトナなキャッチボールだねぇ」

 キャッチボールをしながら、1人ひとりにそんな言葉を投げかける。表現はさまざまだが、そのどれもが誉め言葉。子供たちは自然と笑顔になり、それを見守る親たちの顔もほころぶ。それこそが五十嵐氏がこの日、目指していたものだった。

「今日の野球教室で何を伝えたいかって言ったら、そんな大それたことは思ってないんですよ。(教えたことが)記憶の片隅にでも残ってもらえたらいいなぁっていうぐらいです。まだ小さい子も多いですし、できればみんなが笑顔になってくれたほうがいいと思うので、そこが一番ですよね。『何を教えてもらったのかわかんないけど楽しかったよね』でいいと思っているんで。そこから先は『(各チームの)監督、コーチ、よろしくお願いします!』みたいな感じですよ。僕なんかよりもそっちの(指導の)ほうが大事ですから」

 日本では東京ヤクルトスワローズ、福岡ソフトバンクホークス、メジャーではニューヨーク・メッツ、トロント・ブルージェイズ、ニューヨーク・ヤンキースと、日米球界で23年間にわたって投手として活躍した五十嵐氏だが、この日集まった子供たちの大半はおそらくその現役時代を知らない。それでも野球教室の前後にサインなどを求められれば時間の許す限り応じ、時に自らを指さして「この人、誰か知ってる?イガラシリョウタ。ちゃんと覚えてよ」などと、気さくに言葉も交わした。

「親御さんたちは知っていてくれてるかもしれませんが、子供たちは僕の現役時代を見ていないと思うんです。『体も大きいし、ユニフォーム(この日はメッツ)を着ているから野球選手なのかな?』みたいな感じでサインをもらいに来るけど、たぶん誰だかわかってない(笑)。でもそれでいいと思うんです。ずっと野球を好きでいてくれて、何かの時に『あ、五十嵐っていたな』とか『五十嵐、元気かな』って思い出してくれたら、それだけで十分です」

 計5セットで全20チーム、約200人。自身にとってこれまでで最大規模の野球教室を終え、最後は「BATTING TEE GAME」の表彰式でプレゼンターも務めた五十嵐氏に、あらためてこの1日を振り返ってもらった。

「やっぱり子供たちと楽しい時間を過ごせたっていうところは、僕の中で一番の思い出ですし、みんなの笑顔を見られたことが幸せでしたね。その中でいくつかお話ししたことやトレーニングの内容、野球に関わるようなことを少しでも理解してもらって、どこかで継続していってもらえたらうれしいなと思います。こういうのって親御さんも参加するのは大変だと思うんですけど、お父さんお母さんも笑顔になってくれていたので、そう考えるととてもいい時間でしたね」

 野球の未来のため、今後もできうる限りこうして子どもたちと触れ合う機会をつくっていきたい──。そう話す五十嵐氏の表情にもまた、とびきりの笑顔があふれていた。

MLBドリームカップ ファンフェスト 7月9日の東京会場の様子

菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。