9月2日、W杯最終戦カーボベルデ戦を80−71で勝利後、チームの公式YouTubeチャンネルで渡邊雄太(フェニックス・サンズ)が、カメラの前で「パリ行くぞ!日本!」と吠えた。大会直前の親善試合で右足首を負傷し、壮行会でのあいさつで「パリオリンピックに行けなかったら代表を引退します」と宣言していた男は、W杯では初戦から最終戦まで獅子奮迅の活躍を見せ、自ら課した重しを解き放ち、涙の後、喜びを爆発させていた。

厳しい前評判からの快進撃

 W杯開幕前、日本代表は非常に厳しい試合を強いられると見られていた。組み合わせ抽選の結果、1次ラウンドで欧州の強豪であるドイツ、フィンランド、東京オリンピック銅メダルのオーストラリアと同組。

 八村塁(ロサンゼルス・レイカーズ)を欠いた日本にとって、1次ラウンドで1勝することすら難しいのでは、という声も少なくなかった。

 八村がいない中、日本代表選手たちがW杯で見せたのが、苦しくても最後まで諦めない姿勢だった。キャプテン富樫勇樹(千葉ジェッツ)や渡邊らを中心に、チーム一丸となって全員で献身的に戦い続けるプレーが随所に見られた。

 1次ラウンド第1戦のドイツ戦、日本は63対81と敗れた。しかし、右足首を負傷して出場が危ぶまれていた渡邊は、スタートからコートに立って攻守に活躍。デニス・シュルーダーなどNBAで活躍する選手が在籍し、最終的には今大会で優勝を果たした相手に、日本は最後まで食らい付いた。ドイツには負けはしたものの、日本の戦いぶりには次戦に繋がる希望を感じさせられた。

 ところで、ドイツ戦では試合外の部分で物議を醸した。早い段階でチケットが「完売」していたにも関わらず、沖縄アリーナの客席一部エリアがガラガラだったのだ。試合後の会見で日本代表トム・ホーバスHCが怒りを表し、渡邊らもSNSで疑問を呈した。

 その甲斐もあってか、大会を主催するFIBA(国際バスケットボール連盟)が慌てて動き、チケットを保有する複数の法人と協議して、使用しないチケットの返却と一般販売することに同意してもらうことを発表した。

 この件もあってか、次戦以降の日本の試合は空席が無事に埋まり、ホームアドバンテージを引き出す雰囲気を作り出していった。

欧州強豪国を相手に大金星

 伝説の試合となったのが、第2戦のフィンランド戦。日本のバスケ史に残る試合展開となり、98対88で歴史的な勝利を飾った。

 日本よりランキング上位でヨーロッパの強豪チーム相手に、第1Qこそリードできたが、第2QからNBAの注目選手であるラウリ・マルカネンを中心としたフィンランドの攻撃に、日本は次々と点を取られる苦しい展開に。気持ちを落としたら、前半で試合の決着がついていてもおかしくなかった。

 なんとかついていけたのが、ベテラン・比江島慎(宇都宮ブレックス)の奮闘だった。フィンランド相手にドライブで仕掛け、激しい当たりを受けながらもシュートを沈めたり、スリーポイントを決めたりと、前半終了時点で十分に逆転の可能性を感じさせる10点ビハインドにとどめ、後半へと繋いだ。

 ただ、第3Qになってさらにフィンランドの勢いが強まり、点差は最大18点差にまで広がってしまった。まさに絶体絶命。しかし、ここで輝いたのが代表の若手コンビである富永啓生(ネブラスカ大)と河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ)だった。

 富永が得意のスリーを決めれば、河村が第4Qに入って、圧倒的なスピードのドライブで切れ込んでシュートを決めたりと、このクォーターだけで15得点を奪ってみせた。フィンランドからの大金星を演出した立役者となったのだ。

 特に、第4Qの河村は圧巻だった。マークについてくる相手がNBA選手だろうとおかまいなく、自分の間合いで二回りは大きい相手を翻弄し、コートを完全に支配していた。

 1次ラウンド第3戦のオーストラリアは、NBAで長くプレーするパティ・ミルズ(アトランタ・ホークス)、ジョー・イングルズ(オーランド・マジック)、NBA注目の若手選手ジョシュ・ギディー(オクラホマシティ・サンダー)らをそろえるメダル有力候補。日本はフィンランド戦に続くジャイアントキリングを狙った。

 しかし、実力者たちをそろえるオーストラリアを相手に、ホーキンソンが33得点、渡邊が24得点と奮闘したが力及ばず、89対109で敗れた。ただ、オーストラリア相手にも十分に戦えるところを見せていた。

ベネズエラ戦で再びドラマチックな大逆転劇

 17位から32位を決める順位決定ラウンドの戦い、そしてオリンピック出場アジア枠1枠を巡る最後の戦いは、日本以外のアジアの出場国は軒並み1次ラウンドで未勝利となっており、日本が有利な状況ではあった。

 4戦目となったベネズエラ戦。ランキングでは日本より格上となる中南米の強豪国を相手に、日本はフィンランド戦と同様に追う展開となった。第3Qが終わった時点で9点差、第4Qに入ってさらに点差をつけられ、最大15点差まで広がった。一般的なバスケでは、第4Q途中でこの点差だと逆転するのは相当厳しい。

 ところが、日本代表はまたここからドラマチックな展開を見せる。フィンランド戦勝利の立役者の一人、比江島が再びスーパーヒーローに変身した。試合終了が刻々と迫る緊迫した状況の中、次々とスリーを決めていくなど、短時間で11点を荒稼ぎ。一気にベネズエラとの差を詰めると、相手のパスをカットから速攻に移る。ドライブでリング下まで進んだ馬場雄大が、後ろから走り込んだ比江島にパスを出すと、比江島が相手からファウルを受けながらもシュートを決めて、ついに逆転。この瞬間、日本の観客のボルテージが最高潮に達した。最終的に、比江島は第4Qだけで17得点を決め、86−77の大逆転勝利の立役者となった。

 そして大会最終試合となったカーボベルデ戦。パリオリンピック出場を自力で勝ち取る大一番で、富永が魅せた。

 日本屈指のスリーポイントシューターである富永は、ベネズエラ戦では珍しくスリーポイントが決まらず。また、らしからぬシュートミスもあるなど絶不調だった。このまま大会を終えるのかと思いきや、今度は絶好調に針が振り切った。6連続でスリーポイントを決めるという驚異のプレーを見せ、富永は試合全体を通して8分の6という成功率を叩き出し、日本の攻撃をリードした。

 そして、日本は実に48年ぶりとなる自力での五輪出場権を獲得した。

 今大会で著しい活躍を見せた選手として、忘れてはならないのがジョシュ・ホーキンソン(サンロッカーズ渋谷)だ。渡邊以上に全試合ほぼ出ずっぱりで、攻守に渡ってリバウンドを取り続けた。日本がW杯で3勝を挙げられたのは、間違いなくホーキンソンのお陰だといえる。

 また、吉井裕鷹(アルバルク東京)は守備で泥臭くプレーし続け、井上宗一郎(越谷アルファーズ)や川真田紘也(滋賀レイクス)は、出場機会自体は限られたものの、ベンチから盛り上げ、追い上げムードを作り上げていた。まさに選手全員で勝ち取ったパリへの切符だった。

データから見えた日本代表への関心の高まり

 今回のW杯では、放映権を獲得していたテレビ局が大会前からW杯を盛り上げるべく、代表選手たちを各番組にゲストとして呼んだり、特番を組んだりしていた。

 ただ、視聴率のデータからもわかるように、ドイツ戦の時点では期待値の高まりはさほど感じられることはなかった。

 この数値が大きく動くきっかけとなったのが、フィンランド戦での歴史的勝利。翌朝のワイドショーでの取り扱いや、ネットニュースでもトップで扱われることで、世間の注目が急激に高まっていった。ビデオリサーチが発表している、日本代表の各試合の生放送での視聴率は、試合を追うごとに上昇していき、世帯視聴率(関東地区)は最終戦カーボベルデ戦で22.9%にまで上がった。

 また、同社は日本全国におけるリアルタイムでの平均視聴人数(※1)と到達人数(※2)を推計。フィンランド戦以降、試合毎に1000万人単位で新規の視聴者が増加、最終戦カーボベルデ戦では、3211.9万人(推計)が視聴しており、5試合のうちいずれかの試合を見た人は5689.1万人(推計)にも達したと発表した。
(※1:その番組の放送時間を通じて、平均でどれだけの人が視聴していたかを推計した値。全国32地区の個人全体4才以上の視聴率をビデオリサーチ社独自の条件や計算により推計)
(※2:個人全体4才以上における1分以上の番組視聴を"見た"と定義し、その番組をどれだけの人が視聴したのか(到達したのか)を推計した値)

参考資料

 また、バスケ男子・Bリーグへの関心もデータとして出てきている。Bリーグの島田慎二チェアマンは「(バスケへの関心が)爆上がりしている」と9月12日のメディアブリーフィングで話し、W杯期間(8月25日〜9月10日)で、リーグ公式サイトへのアクセス数が約80万件にまで達し、前年同期約17万件から、4倍以上だったことを明かしている。

代表選手たちもバスケW杯の反響を実感

 吉井裕鷹は、所属するアルバルク東京が主催する9月11日の開幕前イベント時の取材対応で、「コストコに行ったら『お疲れ様でした』って声をかけられた」と話していた。

 SNSのフォロワー数も急増したようで、「フォロワー増えてますよね・・・。思った以上に増えるんで(笑)。まぁ、SNSはSNSでこっちはこっち。フォロワー増えることはうれしいですけど、それに便乗して胸を張ったりしないようにしようと心がけていますし、なるべく庶民の考えでいきたいなと思います」と、戸惑いつつ謙虚な姿勢を貫いていた。

 また、代表キャプテン富樫も、休養をほぼとらずに所属する千葉ジェッツに合流。プレシーズンマッチ(9月9、10日)にもさっそく出場していた。

 「(Bリーグの試合を)見たことがない人って、何かしらのきっかけがあってチケットを買って来てくれると思うので、その波を一度作れたのは大きいしうれしい」と、バスケ日本代表への反響がBリーグ観戦に繋がることを期待する。

稼ぐプロバスケ選手たち

 今回のバスケW杯の盛り上がりの前から、バスケ人気の下地はBリーグで作られていた。今やBリーグの人気チームであれば、1試合平均4000人以上を集客する。そういった人気に支えられることで、富樫は2019年に日本人選手初の1億円プレイヤーとなり、当時大きな話題となった。

 その後、続々と日本人選手の1億円プレイヤーが増えており、最近では、今年6月に横浜ビー・コルセアーズとの契約更新をした河村が、年俸1億円を超えたとされている(チームは未公表)。

 NBAであればさらに破格の金額となり、ロサンゼルス・レイカーズと再契約した八村は、3年総額5100万米ドル(約73億4400万円)、フェニックス・サンズと契約した渡邊は2年総額500万米ドル(約7億2000万円)と現地で報道されている。

 今後、プロバスケ選手が日本の子供たちの憧れる職業として認識されてもおかしくないだろう。W杯の日本代表の躍進含め、バスケットボールの人気が今後もしばらく収まらないどころか、さらに高まる予兆を感じさせられる。


大塚淳史

スポーツ報知、中国・上海移住後、日本人向け無料誌、中国メディア日本語版、繊維業界紙上海支局に勤務し、帰国後、日刊工業新聞を経てフリーに。スポーツ、芸能、経済など取材。