第1部のトークショーでは、岩渕さんと登坂さん、津田塾大学の髙橋裕子学長、同大学芸学部国際関係学科のマーヤ・ソリドーワル准教授が登壇。冒頭、髙橋学長が津田梅子の功績を紹介すると、登坂さんが「津田梅子さんは信念を持って活動した。自分も女性として頑張るぞと勇気づけられた」と呼応。性別による社会的格差を表す「ジェンダーギャップ指数」で日本が146国中118位と低水準にあることが示されると、登坂さんはレスリング界でも女性の協会役員や女性指導者が少ないという課題があることを指摘し、「レスリング界からもっと改善して、社会にいい影響を与えたい」と、社会変革の一助を担う挑戦者としての意気込みを学生たちに示した。
なでしこジャパンで日の丸をつけて活躍したほか、ドイツのバイエル・ミュンヘン、イングランドのアーセナルなど欧州の有名クラブでもプレーした岩渕さんは、日本と海外の違いについてこのように語った。
「海外では、将来、クラブチームの経営者になりたいという目標を持って移動のバスの中でもオンラインで勉強している選手がいた。パーティーピーポーみたいな子もいるけど、総じて自分に自信を持っている子が多く、自己表現を大切にしている印象だった」
また、約7年間をドイツとイングランドで生活した岩渕さんは海外での苦労について、「19歳の時に初めて行ったドイツでは、自分がクラブ初の外国人選手だったので、向こうの選手からも少し壁があった」とチームになじむために苦心したことを吐露。
「もちろん、溶け込むために語学の勉強はしたが、(秘訣は)いい意味でバカになること。ご飯に誘われたらちょっと行きたくないと思っても行く。普段の自分じゃないかもしれないけど、そこになじむ努力は、たくさんした」と当時を振り返り、自分で工夫した方法で溶け込むためのチャレンジをしたことを明かした。
一方の登坂さんは「海外の選手はすごく楽しそうに練習するという印象がある」と切り出し、具体的な違いとしてこのように言った。
「日本の選手は負けると泣くことが多いけど、海外の選手には少ない。スポーツに人生を懸けるというよりも、人生の中の一つとしてスポーツを捉えているんだろうなと思った」
登坂さんによれば「現役を引退したらお医者さんになりたいという夢を持っている選手もいた」とのこと。競技に打ち込んでいるうちからさらに高い目標を持っているアスリートがいることは、学生たちにとっても刺激になっているようだった。
2人は『未来へのバトン』として、挑戦することの大切さについてさらに語り続けた。
岩渕さんは、「何事も壁を一つ越えることで見える景色が全然違う。一つのチャレンジを楽しむことで、それが女性の地位の向上につながると思うので、積極的にチャレンジしてほしい」と、いずれ女性の未来を変えるかもしれない学生たちに励ましの言葉を送った。
そして、登坂さんは挑戦を継続するためのアドバイスとして、学生たちにこのように語りかけた。
「現役時代はレスリングで勝って人を笑顔にするのがモチベーションだったが、人に喜んでもらえることをやっていきたいという思いは今も変わらない。その目標に向かって何ができるかを逆算して取り組んでいるが、あまりにも完璧を求めてしまうと行き詰まったり挑戦することが怖くなってしまう。完璧を求めすぎずにまずは一歩踏み出して、挑戦してほしい」
また、今年8月に3歳になる子どもの母親でもある登坂さんは、岩渕さんと共に昨年、スポーツを通して子どもを支援する団体を設立。
「杉山愛(女子テニス)さんや潮田玲子さん(女子バドミントン)のように、自分たちで団体を持って活動している先輩たちを見て私が憧れたように、自分自身もどんどん活動して発信していきたい。それによってここにいる皆さんのような若い子たちが何かを感じてくれたらいい」と言うと、聴き入っている学生たちの表情が一層真剣になった。
質疑応答のコーナーでは、人生というキャリアの中で大切にすべきものは何かという質問が出た。
すると岩渕さんは、引退後の具体的なビジョンがない中で現役を退いたことで、当初は不安が大きかったと明かしながら、「そういうときに助けてくれるのは今まで一緒にサッカーをやってきた人や、支えてくれてた人。一人で何かを成し遂げることはできないので、周りにいる人を大切にして、一緒に目標に向かえる仲間を見つけて一緒に頑張ってほしい」と女子学生たちにエールを送った。
世界トップに輝いた経験のある2人の女性アスリートがトークショーで語ったのは、挑戦することの大切さを未来に引き継ぎたいという思い。それは、津田梅子と2人の共通の思いでもある。
また、髙橋学長が紹介した「変革を担う女性であること」という津田塾大学のモットーは、2人が現在行っている“スポーツを通じて子どもを支援する活動”と重なる部分がある。
最後に岩渕さんが「この中に150年後に紙幣の肖像になっている人がいるかもしれない」と言うと、会場は拍手と笑顔で包まれた。
今回のイベントでは、総勢50人が25日ずつ2組に分かれ、新五千円札にちなんだ「5000メートルリレー」も行われた。ここでは登坂さんがAチーム、岩渕さんがBチームのアンカーを担当。レースはバトンが引き継がれる毎に順位が入れ替わるような熾烈な争いとなり、東京都スポーツ文化事業団のマスコットSUSIE(スージー)の応援も受ける中、アンカーの2人はさすがのスピードで猛ダッシュ。最後は2人が奇跡的に同着でフィニッシュした。
登坂さんは「オリンピックより緊張した。皆さんがこんなに頑張って繋いできたバトンは重すぎます!」と言って場を和ませ、「最後は苦しかったですけど、その思いが力になりました」と笑顔。岩渕さんは途中で数十メートルの差がついていたにも係わらず最後はほぼ同時フィニッシュとなったレースを振り返り、「誰ですか、走る順番を決めた人は?」と言ってこちらも笑顔。「みんなで一緒に何かを成し遂げる楽しさを感じられました」と参加者と共に充実感を漂わせた。
未来を担う若者たちが、スポーツ界はもちろん、学問やアートなどあるゆる分野で世界に羽ばたき活躍していくことを期待したい。