東京ドームでルイス・ネリ(メキシコ)を撃退したのがさる5月。以来、井上への次なる刺客は誰なのかと世界中のボクシングファンが注目してきた。挑戦者として白羽の矢が立ったドヘニーは「いままでの井上の相手のように逃げ回ったりはしない」「私は自分のパワーと精神力を信じている」と、早くも武者震い。試合に備えてアメリカ・ボストンでトレーニング・キャンプに入っているという。

井上と戦うことで価値を上げる挑戦者

 今年38歳になるベテランの挑戦者の闘志をかきたてるものは、スーパーチャンピオン井上に勝って歴史に名を刻むことに他ならない。かつてジェームス・ダグラスがマイク・タイソンに初めて土をつけたように、無敵の井上を破ろうものなら後々まで語り継がれる番狂わせ劇となろう。

 もっとも、たとえ敗れてもネリのようにいいところを見せればファイターとしての評価を上げられるのである。それに井上との対戦に名乗り出る怖いもの知らずたちは、魅力的な報酬も手に入れられる。やる気満々になって当然。

 さて今回のドヘニーは一発当てられるのか。

 TJこと本名テレンス・ジョン・ドヘニーは1986年11月2日生まれのサウスポーだ。アイルランドのポート・レーイシュ出身だが、プロになってからはオーストラリアを拠点にしており、祖国のリングに上がったことは一度もない。ここまでプロで30戦26勝(20KO)4敗の戦績。

 日本はドヘニーにとってゲンのいい国である。

 まず、無敗で初めて世界チャンピオンになったのが東京・後楽園ホールのリングだった。2018年8月、IBFの指名挑戦者として当時のチャンピオン岩佐亮佑(セレス)に挑み、明白な3−0判定勝ちを収め、タイトルを獲得したこと。

 さらに、無冠となってから昨年6月に再び日本で試合を行い、井上と同門の中嶋一輝に4ラウンドTKO勝ちで地域タイトルを奪取。この一戦を含め、3試合続けて日本のリングに立ち、いずれもTKOで勝利している。最新試合は井上−ネリ戦の前座でノンタイトル戦に出場して、フィリピンのブリル・バヨゴスを一蹴している。ちなみにバヨゴス戦はメインのリザーブカードの意味合いで行われた。仮にネリが体重超過など不測の事態で井上戦のリングに上がれないとなると、かわってドヘニーが井上に挑戦する手はずだったのである。

 日本で世界チャンピオンとなるもアメリカの統一戦で敗れ、その後しばらくはドバイやイギリスで星を取りこぼすなどして過去のボクサーになったと思わせたが、再び日本のリングで甦った男、それがドヘニーだ。ドヘニー本人がゲンを担ぐタイプであるのか定かではないが、アウェイといっても戦いなれた場所であるのは間違いない。

左の拳の強さ

 ドヘニーの戦闘スタイルは、攻撃のチャンスをうかがってじりじりと圧力をかけるサウスポー。とくに左のパンチには力がこもっており、これで数々のノックアウトを演出してきた。異名はずばり「The Power」と迫力十分である。

 昨年10月、後楽園ホールで11戦全勝のジャフェスリー・ラミド(アメリカ)を砕いた一撃は強烈だった。ラミドといえば井上のスパーリング・パートナーとして知られ、岩佐を引退に追い込むなど、将来のチャンピオン候補だった。そんなホープを狙いすましたワンパンチで初回TKOし、ベテランの恐ろしさをまざまざと見せつけた。

 実際、このラミド戦が日本のファンに与えたインパクトは強く、井上と戦っても「おもしろい試合が見れるのではないか」と思わせるのである。

 また対戦相手がパンチング・パワーと同様に注意すべきは不屈の精神力、アイリッシュ魂だろう。世界タイトルを失ったのが32歳のドヘニーは、そこでやめても不思議ではなかったが、再びチャンピオンの座を目指して戻った。しかもその道のりは前述の通り平坦なものではなかったのに、自らの拳でキャリア最大のチャンスをつかみ取った。この点は要警戒に思える。

 井上はドヘニーについてこう語っている。

「ここ最近、いい試合をしているし、気の抜けない相手」

 ドヘニーの一発の威力を警戒するとして、「一発も触れさせないボクシングをしたい」。予想となると、やはりモンスター井上の防衛だろうが……。


VictorySportsNews編集部