箱根駅伝Vと腸内細菌

 最近の発表で注目されたのが、腸内細菌と持久力の関連性だった。慶應義塾大学先端生命科学研究所の福田真嗣特任教授らが、青山学院大陸上競技部・長距離ブロックの男子選手48人の腸内を検査した結果、同年代の男性と比べて腸内細菌「バクテロイデス・ユニフォルミス」が多くいることが判明した(図1)。昨年公表されたもので、3000m走のタイムとの関係も調べたところ、バクテロイデス・ユニフォルミスが多い選手ほど速かった(図2)。

(図1)(図2)

 ちなみに青学大の長距離といえば大学駅伝などで知名度が高い。陸上部は1918年に創部され、正月の風物詩となった東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)には1943年に初出場した。2004年に原晋監督が就任して強化が進み、今年1月2、3日の第100回箱根駅伝では大会新記録をマークして7度目の総合優勝を果たした。持久力との関連性を調べる上では、パートナーとして申し分ない。

 さらに、バクテロイデス・ユニフォルミスが好む餌となるオリゴ糖を8週間摂取し続けると、摂取しないグループと比べ10km走るエクササイズバイクのタイムが10%近く短縮。体を動かした後の疲労感も軽くなっていた。以上の現象には、次のような要因が想定される。オリゴ糖がバクテロイデス・ユニフォルミスに食べられることで、腸内で「短鎖脂肪酸」と呼ばれる身体にいい代謝物質が産生される。これが肝臓に届くことで、運動時のエネルギー源であるブドウ糖の生成が促進されて全身の筋肉への供給につながり、持久力が上がるとの流れである。

短鎖脂肪酸のすごさと食生活

 「短鎖脂肪酸」の存在も鍵となる。これはバクテロイデスなどの腸内細菌が、食物繊維やオリゴ糖といった餌となる成分を取り込んで分解し、代謝することでつくられる物質の代表。最近、腸内環境の研究で多くの論文が発表されており、ホットな対象となっている。報告されている健康効果には先述の持久力向上や疲れにくい体の他に、肌荒れの抑制、肥満になりにくい体質、花粉症などのアレルギー抑制などと多岐にわたっている。

 短鎖脂肪酸の種類には酢酸、プロピオン酸、酪酸などがある。腸内細菌によってつくる短鎖脂肪酸は異なり、例えば、おなじみのビフィズス菌は主に「酢酸」をつくり出す。いかに効率よく産生されるかが、全身の健康をキープする上でも重要となってくる。日本人の食生活は戦後、大きく変わって欧米化が進行。これに伴い、腸内細菌の餌となる食物繊維などの摂取状況も変化し、生活習慣病のリスクに影響が出ていると推察されている。

 また、特に運動を行う際には果物を食べることが推奨されている。種類によって異なるものの、運動時のエネルギー補給に適しているのはもちろん、ビタミンやミネラルなど消費されやすい栄養素、食物繊維やオリゴ糖など腸内環境を整えることに役立つ成分を豊富に含んでいるからだ。果物の摂取量は1日に200gが目安というが、20~40代の摂取量は60gにも届いていないとの統計もある。腸内環境の改善という観点からも果物の力は見逃せない。

百戦あやうからず

 人間の腸内にはおよそ1000種類、約40兆個の腸内細菌が生息しているといわれる。その状態が、びっしりとひしめく花畑のように見えることから「腸内フローラ(花畑)」の呼称もついている。腸内フローラは人それぞれ違う。例えばトップアスリートの腸内細菌が、一般人と比較して多様性に富んでいるとの報告は以前からあった。またビフィズス菌が多い人もいれば、ほぼゼロという人もいる。自分の腸内にはどのような細菌が多いのか、はたまた、その菌がどのような食材を好むのか。把握している人は少ないだろう。

 福田特任教授はテレビをはじめ、多数のメディアに出演実績を持つ。同氏は「同じものを食べたり同じ行動をしたりしても、人によって効果が十分にあったりなかったりしますが、それは腸内フローラが人によって異なるためです」と指摘。その上で「自分の腸内フローラのタイプはある意味で、自分の体質とも捉えることができると考えられる。自分の腸内フローラのタイプを理解した上で、よりよいライフスタイルを実現しましょう」と提言している。

 少々分野は違うが、自分のことを知る必要性は大昔から言い伝えられている。古代中国の兵法書「孫子」の有名な格言の一つに、次のような一節がある。「彼を知り、己を知れば、百戦殆(あや)うからず」。相手のことはもちろん、自らの実情を熟知すれば何度戦っても負けることはないという状況を言い表している。健康の大きな鍵を握っている腸内フローラ。自分の体内を調べてみることが、生活のブラッシュアップに向けて肝心な一歩になる。


VictorySportsNews編集部