トゥヘル氏の経歴を簡単に振り返ってみよう。選手としては成功した部類には入らず、24歳の若さで引退。指導者の道を歩み始めた。いくつかのクラブで育成年代のチームを率いた後、2009年にマインツ(ドイツ)のトップチームの監督に就任。中堅のクラブを欧州リーグ出場にまで導くと、2015年にはドルトムント(ドイツ)の監督となって香川真司を指導し、2シーズン目にはポカール(ドイツ・カップ)のタイトルを獲得した。2018年にはパリ・サンジェルマン(フランス)の指揮官となって、2季目には欧州チャンピオンズリーグ(CL)で決勝に進出。2021年にはシーズン途中にチェルシーの監督の座に就くと、欧州チャンピオンズリーグ(CL)制覇を成し遂げた。ドルトムントの監督だったころあたりまでは、選手への要求も細かく、妥協を許さないイメージが強かった。しかし、年を重ねるごとにビッグネームの選手との無用な衝突はなくなり、欧州のビッグクラブでの指導経験を重ねてタイトルという成果も残している監督である。
監督としての特徴は相手に応じて戦い方を変える点だろう。4-1-4-1や3-5-2、3-4-3と布陣もチームやシーズンによって様々。試合の中でも変化を加えることもいとわない。直近では2023年3月にバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)の監督となったが、翌2023~2024年シーズンまで率いた。
イングランドにおけるドイツ人監督への「信頼度」はクロップ氏によるところも大きいだろう。リバプールの監督として欧州チャンピオンズリーグ(CL)を2018/19年に制覇。翌シーズンには30年ぶりのリーグ優勝(プレミアリーグになってからは初優勝)を成し遂げ、1980年代に黄金期を迎えていた〝レッズ〟を復活に導いた。監督としてマインツで頭角を現し、ドルトムントで成功を収めたという経歴で、トゥヘル監督の指導者人生の前半はクロップの背中を追うように同じルートをたどっている。
ただ、ゲーゲンプレスという言葉に象徴されるドイツらしい強烈なボール奪取と、ショートカウンターを存分にピッチで発揮して「縦」「スピード」といった印象が強いクロップ監督のサッカーに対し、トゥヘル監督はもう少しソフトである。監督のキャラクターとしてもモチベーターとしてのカリスマ性はクロップ監督に及ばないかもしれない。かといって、グアルディオラ監督ほどボール保持に強烈にこだわって相手守備を翻弄して崩しきるような、一つの戦術を極限まで突き詰めるような戦術家というわけでもない。ある意味では、与えられた陣容に即して最適解を導くタイプの監督といえる。
トゥヘル・イングランド代表監督誕生の背景には、イングランドに実績十分な監督が少ないということも挙げられる。プレミアリーグを制したクラブを振り返ると、昨季まで4連覇中のマンチェスター・シティーはグアルディオラ監督(スペイン人)、その前の2019/20を制したリバプールはクロップ監督(ドイツ人)、2017/18、2018/19はグアルディオラ監督のマンチェスターCが制している。その前も2016/17年はコンテ監督(イタリア人)のチェルシー、さらに2015/16年はラニエリ監督(イタリア人)のレスター・・・と外国人監督ばかりが栄冠をつかんでいる。もちろん、豊富な資金力を持つプレミアのクラブが有能な監督を欧州だけでなく、世界中から集めているのだから、国籍が多様になるのは自然かもしれない。しかし、伝統と格式のあるイングランド代表チームを任せられるだけの、誰もが納得するような実績をイングランド人監督が残せていないこともまた、事実なのである。
統計によれば、トゥヘル氏が率いたチームは平均して2点以上のゴールを奪っている。
マインツは強豪ではなかったことを考えると、ドルトムント以降のチームでは常に高い得点率を誇っている。トゥヘル監督の地元であるドイツの主要メディア「DW」は「イングランド協会は前任のサウスゲートにはなかったエリートレベルの指導を求めている」と高い指導力がイングランド代表監督就任の理由となったと分析している。
トゥヘル監督の契約期間は18か月間で、2026年のワールドカップ(W杯)までとなっている。イングランド代表は前任のサウスゲート監督の下で2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会でベスト4、2022年カタール大会はベスト8、欧州選手権は2021年、2024年と2大会連続で準優勝だった。あと一歩のところで届かなかった国際タイトルの称号をイングランドは欲している。
1930年に始まり、過去22回のワールドカップ(W杯)で優勝したチームは、全て自国出身の監督だったという歴史がある。欧州予選は3月に始まる。その「壁」を打ち破る長い長い挑戦が、始まる。