どうして日本サッカー協会がこのようなイベントを主催するかというと、サッカー元日本代表で現会長の宮本恒靖さんの発案だという。
「私もサッカーを始める前はソフトボールをしていましたが、異なるスポーツの動きを体験することはさまざまな身体の動かし方を学ぶことにもつながります。国立競技場という特別な舞台で、子どもたちが伸び伸びと体を動かし、スポーツの楽しさを体験してくれることを願っています」
特別協賛のユニクログループ柳井康治さんは次のようにコメントしている。
「今回の新たな取り組みは、複数のスポーツを体験することで、よりたくさんの子どもたちがスポーツに興味を持つきっかけにできるのではないかと宮本会長とのお話から実施につながりました。仲間とスポーツを楽しみ、心身の成長につながり、サッカーをはじめとするスポーツを続けてくれる子どもたちが増えることを期待しています」
日本サッカー協会はサッカーの発展だけを目的に活動している組織ではない。「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」ことを理念に掲げ、「スポーツをより身近にすることで、人々が幸せになれる環境を作り上げる」というビジョンを持っている。だからこそスポーツ界全体に視野を向けた新たなチャレンジをスタートさせたわけだ。
ゲストはサッカー元日本代表の内田篤人さんと宮間あやさん、元プロ野球選手の王貞治さんと五十嵐亮太さん、陸上元日本代表の朝原宣治さん、ラグビー元日本代表の田中史朗さん。400人の子どもたちが100人ずつ4つのグループに分かれ、サッカー、野球、陸上、ラグビーの4種目を30分ずつ体験した。各種目の指導を担当したゲストたちは、今回のイベントの意義を次のように語る。
「ボクは野球教室のイベントを年に何回かやらせてもらっていますけど、いろんなスポーツを一緒にやるイベントは初めて参加させてもらいました。野球は投げる・打つがメインになりますが、サッカーやラグビーはアジリティ(俊敏性)の動きが多いですし、スポーツによって動きに特徴があると感じました。子どもたちはいろんなスポーツをやることによって、普段やらない動きが刺激として入るので、そういった刺激を通じて体を動かす楽しさや喜びを感じてもらえたらうれしいなと思いました」(五十嵐さん)
「今日ここに来るまで、ボク自身も野球、陸上、ラグビーの体験ができると思っていたんですけど、サッカーだけだったので、ちょっと掟を破って(持ち場を離れて)いろんな競技に参加させてもらいました。やっぱり面白いですね。各競技で使う筋肉や頭が違いますから、子どもたちにも非常に刺激があったんじゃないかな」(内田さん)
「陸上は一番辛い部分が多い競技ですけど、各競技の根幹的なところを担っています。ここからサッカー、野球、ラグビーなどに巣立ってもらったり、逆に球技から陸上に移ってもらったり、競技間での交流ができたら各競技界のスターがもっとうまく配置されるので、こういう取り組みが広がるといいと思いました」(朝原さん)
「いろんなスポーツを子どもたちに知ってもらい、こういう活動をもっと増やし、日本全体にスポーツの波を起こしていきたいですね」(田中さん)

彼らがいうように、複数のスポーツを体験することは子どもたちにとって有意義であることは間違いない。だが一方で、このイベントの本当の狙いは、スポーツ経験がまったくない子どもたちが増えていることに日本のスポーツ界が危機感を抱き、どのスポーツでもいいから興味を持ち、日常的にスポーツに取り組むきっかけにしてもらうことではないかとも感じた。
筆者も小学校3年生の娘を育てているが、今の小学生はスポーツ経験が豊富な子とスポーツ経験がまったくない子が二極化している。その理由はいくつかあるが、最も大きな理由は子どもたちが放課後に公園などに集まってスポーツをやる機会がなくなったことだ。近所の公園は安全上の理由や近隣住民への配慮でボール遊びなどが禁止されている。そのため、習い事としてスポーツをしている子以外は、スポーツをする機会は皆無だ。
今回のイベントに参加した子たちは、「野球のグローブを初めて手にはめた」ことや、「ラグビーボールに初めて触った」ことをうれしそうに話してくれた。それは子どもたちにとって本当に素晴らしい経験で、スポーツに触れる機会がゼロからイチにならなければ、日常的にスポーツに触れる日々は訪れない。
今回のイベントをきっかけに、これらのスポーツに興味を持つ子が必ず出てくると思うし、もしかしたら習いたいと言い出す子もいるかもしれない。プロアスリートを目指す必要なんてまったくない。子どもたちにとって、体を毎日動かすことが健やかに成長する大事なプロセスなのだ。その第一歩を踏み出す子どもたちを一人でも多く増やすために、今後もぜひ続けてほしい。