「ワールドベースボールクラシックを運営するWORLD BASEBALL CLASSIC INC.とのメディアライツにおける独占パートナーシップにより、2026年ワールドベースボールクラシックの日本国内における新たな視聴先として、ライブ配信を行うことになりました」

 2023年の第5回大会では大谷翔平(当時エンゼルス、現ドジャース)らの活躍により、日本が14年ぶりの王者に返り咲いた野球の国・地域別対抗戦、ワールドベースボールクラシック(WBC)。その第6回大会開幕まで半年あまりとなった8月26日、日本国内における「独占配信」を発表したのはアメリカの動画配信大手Netflix(ネットフリックス)である。前回のWBCでは地上波放送をテレビ朝日とTBS、CS放送はJ SPORTSが担い、Amazon Prime Videoがライブ配信を行ったが、来春の大会は日本国内では地上波およびCS放送によるテレビ視聴はできない見通しとなった。

 2006年に始まったWBCは、ここ日本では野球人気の拡大に大きく寄与してきた。もともと野球、とりわけプロ野球(NPB)はわが国では国民的スポーツと言ってもいいほどの人気を誇り、テレビといえばまだ地上波放送のみの時代には巨人戦のナイター中継は、平均視聴率20%を超えるまさに“ドル箱”であった。だが、近年はその巨人戦もこと地上波においては完全にコンテンツとしての存在感を失っている。

 かつては夜ともなれば、父親がチャンネルを合わせるナイター中継を見ながら一家で食卓を囲む、というのがごく一般的な日本のお茶の間の風景だった。そこで自然と野球に触れ、興味を持ち始めて自らもプレーするようになったというプロ野球選手は少なくない。ところが近年では地上波のナイター中継は全国規模でいえばまったく数字が取れなくなり、放送自体が激減。子供たちが「自然と野球に触れる」機会は、以前と比べれば少なくなっている。

 そんな時代にあって、WBCはいわば“救世主”となった。地上波放送でいえば日本が優勝した第1回大会、連覇を達成した2009年の第2回大会では、いずれも最高で40%を超える番組平均世帯視聴率を記録。今や現役選手に野球を始めた理由を聞くと「WBCを見て感動したから」と答える選手も多くなった。

 前回、2023年の大会には山本由伸(当時オリックス、現ドジャース)、村上宗隆(ヤクルト)といったNPBのトップスターのみならず、大谷やダルビッシュ有(パドレス)などのメジャーリーガーも日本代表「侍ジャパン」に集結。テレビのワイドショーでは連日のようにWBCの話題が取り上げられ、地上波放送の視聴率は東京ドームでの1次ラウンドおよび準々決勝の計5試合だけでなく、米国本土で行われた準決勝、日本がアメリカを破って世界一に輝いた決勝戦まですべて40%を超えるなど、日本中で「WBC狂騒曲」が巻き起こった。

 この2023年、侍ジャパンの王座奪還から間を置かずしてシーズン開幕を迎えたNPBは、セ・パ12球団合計で2507万169人(1試合平均2万9219人)の観客を動員。新型コロナウイルス感染拡大の影響による入場制限がなくなった前年と比べて19%増、コロナ禍前の2019年の約8割程度まで回復を見せた。当時「客層が変わった。WBCのおかげか、これまでは球場に来なかった人たちが来るようになった」と話していたのは某球団の営業担当者。それまで野球に対して決して熱心とは言えなかった「ライト層」、あるいはほとんど興味がなかった「無関心層」までが、WBCを契機として球場に足を運ぶようになったというわけだ。

 その後も2024年に史上最多の2668万1715人(1試合平均3万1098人)、2025年は前半戦で1試合平均3万1132人の観客を集めるなど、プロ野球人気は右肩上がりに見える。来年のWBCがネットフリックスによる独占配信になっても、根っからの野球好きや前回のWBCなどを機にライト層や無関心層から「ヘビー層」に転じたファンは、新たに加入してでも中継を見ることだろう。だが地上波放送がなくなれば、前回のようにWBCが話題になっているからとライト層や無関心層が気軽にチャンネルを合わせることはできなくなる。根っからのファンであったとしても、たとえば高齢者などにはアカウント作成や支払い方法といった視聴環境の設定はハードルが低いとは言えない。

 WBCの中継が地上波から消えることに対する懸念はそれだけではない。TBSはジャーニーの『セパレイト・ウェイズ』、テレビ朝日は布袋寅泰の『バトル・ウィズアウト・オナー・オア・ヒューマニティー(新・仁義なき戦いのテーマ)』(テレビ朝日)の大会テーマ曲でもおなじみの両局は『バース・デイ』や『Get Sports』、あるいは『アメトーーク!』といった自局の番組や特番などで積極的に大会を取り上げ、WBCの盛り上げにも一役買ってきた。しかし、それも試合の中継がなくなれば多くは期待できない。

 独占配信を行うネットフリックス側でいえば、同社は今回の発表で「WWEやNFLとのコラボレーションを通じて、世界規模のスポーツ番組のライブ配信を提供する確かな専門知識と経験を重ねてきました」としているように、近年はスポーツ中継の配信にも注力しているものの、これまで野球中継の実績はない。昨年のアメリカンフットボール、NFLクリスマスゲームデーではCBSスポーツとの提携で中継を行ったが、来春のWBCに向けてその辺りの課題をどうクリアしていくのかも気になるところだ。

 また、前回大会ではグローバルスポンサー、特別協賛、協賛などに多くの企業が名を連ねていたが、来春は地上波放送がなくなることでこれまでのように中継でテレビCMを打つことができなくなるため、要らぬ心配と言われるかもしれないがスポンサー離れの懸念もある。テレビで見られないなら現地でと、東京プールのチケットがこれまで以上にプレミア化することも予想される。

 もちろんネットフリックスの独占配信に関しては否定的な見方ばかりではなく、既に加入済みの野球ファンに聞くと「テレビのリモコンにもネットフリックスのボタンが付いているし、追加料金なしに全試合見られるのはありがたい」との声もある。一方で前回のWBCはほぼ全試合を地上波で観戦したというあるファンは、ネットフリックスには加入しておらず「今のところ新たに契約してまで見ることは考えていない。試合は気になるので1球速報などで経過をチェックして、映像はニュースなどのハイライトで見られたら」と話す。

 それでも最大の懸念は、何といってもWBCが地上波から消えることによりライト層や無関心層に野球の魅力をアピールする機会が大幅に減ってしまうことだろう。現在は天井知らずのようにも見えるプロ野球人気も、新規のファンを開拓していかないことには未来はない。学童野球などの競技人口減少が続く中、WBCを機に野球を始める子供にも1人でも多く出てきてもらいたいところだが……。果たして将来「2026年のWBCを見て野球を始めました」と言うプロ野球選手は現れるだろうか。


菊田康彦

著者プロフィール 菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。