ヒートテックで心温まる光景
今回の企画は、ユニクロのグローバルな慈善活動から生まれた。難民や子どもたち、災害に見舞われた地域など、支援が必要な世界中の人々にヒートテックなどを寄贈する「The Heart of LifeWear」。2024年にスタートし、これまで世界28カ国・地域にヒートテックをはじめ100万点以上を贈ってきた。
大相撲とタッグを組んだイベントは石川県能美市の辰口福祉会館で催された。北陣親方(鳳珠郡穴水町出身)と一緒に訪れたのが、元関脇栃乃洋の竹縄親方(七尾市出身)、ともに三段目の栃登(鳳珠郡能登町出身、春日野部屋)、可貴(小松市出身、追手風部屋)。4人が登場すると被災した57人の参加者から大きな拍手が起きた。九州場所前の11月1日に引退が発表された北陣親方はちょんまげ姿。現役を辞めてからの凱旋というタイミングで、次のように口にした。「本日は皆さんとお会いするのを楽しみにしてまいりました。楽しく交流できたらと思います」と優しさに満ちていた。
会場では、河北郡津幡町出身の横綱大の里、LifeWearスペシャルアンバサダーを務める俳優の綾瀬はるかさんのビデオメッセージがサプライズで放映された。今年、驚異的な速さで第75代横綱になった大の里は「これから、本格的な寒さが始まってきますが、ユニクロのヒートテックを着て暖かくお過ごしください。一緒に前を向いて頑張っていきましょう」と熱いエール。ユニクロのCMに出演している綾瀬さんは「震災から約2年がたとうとしていますが、一日でも早く、皆さんの心が穏やかで笑顔が増える日が来ることを願っています」と言葉を寄せ、拍手に包まれた。
その後、相撲協会が考案した相撲健康体操を会場一体で実施。体が温まったところで北陣親方ら4人が会場を回って、ヒートテックを参加者に手渡ししていった。ヒートテックは保温効果に優れた肌着で2003年の発売以降、世界中で売れ続けており、ユニクロのシンボリックな商品の一つ。体から出る水分を利用して発熱する構造で、寒さが厳しくなる季節に、被災した人たちにとっても助けになるに違いない。栃登が「ヒートテックで温かくして過ごしてください」、可貴は「一生に頑張りましょう」などと声をかけ、心温まる光景が広がった。石川県の食材を使用した相撲協会特製ちゃんこの振る舞いもあり、参加者たちは親方、力士と一緒に食べた。
被災者と交流する北陣親方(元小結遠藤)世界中で止まらぬ活動
「The Heart of LifeWear」という活動名にちなんだ催しが、締めくくりに行われた。ハート型の紙にメッセージを記してオリジナルボードを作成。被災した人たち、そして相撲協会の4人の思いあふれるメッセージが貼り付けられ、ボードが完成した。みんなで集合写真にも納まり、北陣親方は「環境が変わって生活も慣れない部分もあると思いますが、一緒に一歩ずつ歩んでいきましょう」と訴えかけた。竹縄親方は「皆さんの元気な姿を見ることができて、こちらもうれしかったです」と感想を話した。いつもはテレビ中継などで目にする親方、力士との交流。ユニクロが携わったことで実現した支援行事に、会場はぬくもりと笑顔にあふれていた。
ユニクロは「The Heart of LifeWear」の国内活動として、児童養護施設や能登半島地震の被災地への支援続行を決めた。日本全国で合計10万点のヒートテックを寄贈するという。ちなみに海外では、グローバルパートナーシップを結ぶ国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からの要請を受け、シリア国内の帰還民に50万点を寄贈。越冬のためなど、必要とする人々にヒートテックを届ける活動で、歩みを止めない。
今回のユニクロと相撲協会の団結は、両組織の結びつきが背景にある。今年1月、ユニクロが相撲協会とオフィシャルスポンサー契約を結んだ。相撲協会が今年で財団法人設立100周年を迎えた記念事業の一環で、本場所中に親方衆らが着用しているおそろいのジャケットを提供するなどしている。
能登と大相撲の結びつき
石川県は元々、相撲熱の高いエリア。大の里の前には、横綱北の湖とともに〝輪湖時代〟を築いた横綱輪島らを輩出した。北陣親方は現役時代、日大から角界入りし、ざんばら髪で番付を駆け上がって世間の注目を浴びた。現役でも例えば、小兵ながら奮闘している元幕内の幕下炎鵬(金沢市出身、伊勢ケ浜部屋)は根強い人気を誇る。今回参加した可貴は金沢学院大を経て今年夏場所で初土俵を踏み、一番下の序ノ口から九州場所での三段目まで3場所連続で各段優勝を果たしているホープ。続々と角界に有望力士を送り込んでいる。
大相撲は興行であると同時に神事、伝統文化でもある。「お相撲さんに赤ん坊を抱っこしてもらうと健康に育つ」と言い伝えられるように、長い歴史を誇る大相撲、力士の存在は日本社会に浸透。全国の人々に支えられているだけに、災害が起きたときに相撲界として現地を訪れ、被災した人たちを元気づける活動は、昔から盛んだ。
能登半島地震でも発生から約1カ月後の2024年2月6日、現役だった北陣親方や大の里、輝らが避難所を訪れて被災者と握手したり、記念撮影に応じたりして激励した。同年4月16日には被災地支援として、勧進大相撲を東京・両国国技館で開催し、入場料収入や募金が寄付に充てられた。勧進相撲とは寺院や神社などの建立、修繕の寄付を募るために相撲を披露するイベントで、実に62年ぶりの実施と話題を呼んだ。約7千人が来場。幕内取組や横綱土俵入りの他、OB戦など本場所や巡業と違った趣向も凝らした。
理事長直轄組織で従来以上の支援
近年、長く続けてきたのが東日本大震災の被災地慰問だ。2011年3月11日に地震が発生すると、相撲協会はその3カ月後の6月には幕内上位力士らを中心に、岩手県を皮切り数日かけて計10カ所を巡回した。相撲団一行は各地でちゃんこを振る舞ったり、白鵬が横綱土俵入りを披露したり、サイン、写真撮影などに応じた。被災した老若男女が力士と触れ合って喜ぶ姿に、会場となったある学校の校長はこう語った。「お年寄りから子どもまで、というのは相撲ならではです」と国技の持つパワーを表現した。その後、新型コロナウイルス禍になる前の2019年まで9年連続して被災地を訪れ、横綱土俵入りなど復興祈願のイベントを継続していた。
この他でもことあるごとに災害に見舞われた場所を慰問したり、義援金を贈ったりした。例を挙げると、2014年の広島市での土砂災害や2016年の熊本地震、2017年の九州北部豪雨などがある。今月でも冬巡業に際し、大規模火災が発生した大分市佐賀関を幕内の平戸海と佐田の海が慰問した。
相撲協会は組織として、災害からの復興支援に従来以上に注力する意識がうかがえる。現在の八角理事長(元横綱北勝海)の下、2017年1月に「社会貢献部」を新設。理事長直轄の部署で、さまざまな災害の被災地支援や地域貢献、福祉活動などを目的としている。一部を社会貢献活動の資金にするため、本場所中には若手親方らが相撲協会公式グッズ売店を展開。八角理事長は「少しでも世の中のお役に立てればと思います」と語っていた。角界一丸となって災害地支援を遂行している姿勢は、より強固になっている。
世界的な衣料ブランドと日本の国技。普段の活動カテゴリーは違えど、社会的使命を自覚している組織同士が力を合わせることによって、よりよい被災地支援が可能になることが今回、証明されたといえる。