長きにわたり世界の舞台でハイパフォーマンスを披露してきた平野は、誰よりも己に厳しいアスリート。国内外の密着撮影を通じ、積み重ねてきた日々の歩みを記録した公式ドキュメンタリー「AYUMU」では、自身の哲学を明かしている。
「きっかけがないとやれないみたいな感じではいたくない。常にモチベーションとか原動力がなくても、自分のためにやり続けられれば1人の人間としてすごい強いものかなと思う。自分が常に強くなっていたい気持ちだけを支えに生きている」
25年夏。平野の姿は故郷・新潟県村上市にあった。雪がなくてもハーフパイプの練習ができる施設「村上スノーリサーチ&トレーニングセンター」で汗を流していた。自身のトリックを動画で撮影してもらい、入念にチェック。26年ミラノ・コルティナ五輪イヤーのシーズンを前に、トリックに磨きをかけていた。
ミラノ・コルティナ五輪は前回大会の金メダリストとして挑む。3度目の正直で表彰台のテッペンに立った北京五輪から4年。普通のアスリートだったら燃え尽きてもおかしくないが、平野は懸命に競技と向き合い続けていた。
間近で平野の取り組みを見てきた弟・海祝(TOKIOインカラミ)はこう話す。
「兄ちゃんのことはみんなストイックとか、それぐらいしかわかっていないと思うけど、全然もっと深い。それこそ前の(北京)五輪で引退でもいいくらいなのに、未だに追いかけ続けている。五輪で金メダルを取ったら満足をするのが普通だと思うが、彼は満足していない」
五輪3大会金メダルで長年のライバル関係だったホワイトは北京五輪後に引退。戸塚優斗(ヨネックス)、平野流佳(INPEX)ら後輩たちも台頭しており、新たな時代に突入しつつある。また20代後半になり、ケガに見舞われる機会が増加。23年に左肩のじん帯を痛め、24年には右肋骨を骨折。「気持ちの中では『俺はケガしないぞ』と言い聞かせることが大事」。体のケアにも人一倍気を使うなど、時代の変化にも負けじと戦ってきた。
しかし、神様は平野に試練を与えた。ミラノ・コルティナ五輪の開幕まで1か月を切った1月17日。W杯第5戦(スイス・ラークス)の決勝で、1回目の試技時にまさかの転倒。8メートルほどの高さから落下し、ヒザや顔を雪上に強く打つ形となった。板の先端は折れ、口や鼻からは大量の血が流れていた。冬季Xゲーム(23~25日、米コロラド州)の出場は断念。急きょ帰国して精密検査を受けることになった。
全日本スキー連盟によると、複数個所の骨折や打撲と診断された。骨のズレはなかったことから、腫れや痛みが引くのを待って段階的に練習を再開する方針だという。
百戦錬磨の平野でもいばらの道であることは間違いない。それでもホワイトは平野の活躍を確信している。
「歩夢には精神の強さを感じる。ひどいケガを負ってもケガ前と同じ技を決めて復帰する姿を見てきた。トリックを何度も何度も繰り返している。繰り返し自分自身をいじめていく。コンピューターのように。トリックをロックするすごい能力を持っていて、一度手に入れたら永遠に手放さない」
ミラノ・コルティナ五輪の予選は2月11日に行われる。残された時間は決して多いと言えないが、平野が進むべき道は定まっている。
「連覇や金メダルにどれだけとらわれず、自分の限界値を超えられるか。自分自身を超えられれば結果はついてくると信じたいので、自分を超えることを目指して五輪に向かっていきたい」
何度も壁にぶつかってきた。ただ、平野は乗り越えてきた。壁の先にあるわずか光の先へ、必ずたどり着いてみせる。
引退もよぎる激闘の果てに――。平野歩夢が直面した「五輪1か月前」の試練
努力に勝る天才なし。この言葉を体現しているのが、スノーボード男子ハーフパイプで2022年北京五輪金メダルの平野歩夢(TOKIOインカラミ)だ。15歳で出場した14年ソチ五輪で銀メダルを獲得すると、18年平昌五輪は「ダブルコーク1440」と「キャブ(逆)ダブルコーク1440」の連続技を五輪史上初めて成功させた。レジェンドのショーン・ホワイト(米国)に金メダルを譲ったものの、2大会連続で銀メダルを手にした。22年北京五輪では悲願の金メダルに輝き、開幕まで4日となったミラノ・コルティナ五輪は、連覇の懸かる一戦となる。
平野歩夢公式ドキュメンタリー「AYUMU」より