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文=新川諒、写真=新井賢一

問題の根幹は教育制度にあり

 米国ではスタンフォード大学卒業生のよう、4年間スポーツに打ち込んだアスリートの多くが、競技を引退した後でもスポーツとは別の世界でキャリアをしっかり歩んでいる。日本でも同じような人材を輩出するシステムを創るために、河田氏は「日本の教育制度を変えないといけない」と提言する。

 スタンフォード大学のアメリカンフットボール選手であっても、卒業間近に進路が確定していない学生がいるのは当たり前。日本の新卒採用制度や、決められた時期に入社をしなくてはいけないという就職に関する”当たり前”が存在せず、それぞれが焦ることなく自分のペースでキャリアを見つめ、道を切り開く時間を持つことができる。自分のやりたいことを探し、それを達成するための進路を妥協せずに探す──。たとえ人より時間がかかってもそれを追求していくのだ。

 日本では多くの学生が大学生活終盤になると一斉に就職活動に明け暮れ、4月の入社式に照準を合わさなければならないような風潮がある。そのレールから外れれば、変わり者もしくは”負け組”として見られてしまうこともあるのではないだろうか。だがそんな空気は米国では一切ないのだ。

米国の大学は自らお金を払っていくところ

©VICTORY

 スタンフォードは比較的裕福な学校であるため例外かもしれないが、米国の大学生にとって大学は親に学費を払ってもらっていく場ではなく、自ら借金をして通う場なのである。

 米国の場合は年齢が高くなればなるほど難易度が高くなっていく。なぜなら米国の大学は就職予備校であり、4年間かけて社会に出る準備をする場だ。大学に通うことで社会に出てから何をしていくかべきかについて勉強する。

 一方、日本では大学に入るまで壮絶な受験戦争が起き、いざ入学すると緊張の糸が途切れてしまったかのように自由奔放な生活が始まる。そして卒業間近になってようやく自分の「人生」や「キャリア」について考えなければならないことに気づき、就職活動というストレスに追われる。ただし、無事に入社できれば、お金をもらいながら“研修”をしてくれる環境がある。

 こういった教育制度や社会が変わらない限り、大学スポーツを通しての「人材育成」はできないだろう。しかしながら、この日本の教育制度や就職制度は日本の国民性や文化をもとに成り立っているため、それを変えることは容易なことではない。米国と全く同じ仕組みを日本に持ち込むのは非常に難しいと河田氏は言う。

 だがマイナーチェンジを加えていくことは可能だ。例えば、ある程度の学業成績を修めなければ、試合に出場することができないという規則を適応させるとする。今でも企業に人気の高い“体育会”の学生たちに、更に学力も備えているという強みが加われば、スタンフォード大学のトーマス・モンタグ氏やコーリー・ブッカー氏のような人材が輩出され、彼らのように元学生アスリートが社会の重要なポストに付いていくことで未来の学生アスリートの世界が広がる可能性を持つ。そうなればスポーツ自体の地位が上がっていくことだろう。

バスケットボールに負けないための地域での取り組み

©Getty Images

 毎年全米トップの座を目指して各大学が競い合うが、カレッジフットボール界全体としては他競技に学生が流れないための活動も行う。スタンフォード大学を例に挙げると、37の体育会系のチーム、俗に言うバーシティスポーツが存在する。数ある競技の中で、次世代の選手にフットボールを選んでもらうための活動を地元でも活発的に取り組んでいる。

 誰もがスポーツが好きとは限らず、お金を払ってスポーツを観に行こうと思う人は総人口を考えるとそこまで多くはないだろう。人が集まる要因としては、そこに根付いている文化だと河田氏は言う。大学側はその文化が途絶えないよう、地域での慈善事業を欠かさない。近くの病院や学校を大学生が回り活動することを、しっかり大学がプログラム化している。

 そして稀ではあるが、練習を一般公開したときにはコーチが必ず選手1人1人に子供たちへのサインを怠らないように伝える。実際に子供のときに選手からサインをもらった経験のある選手はわざわざ教えなくても自然とそれができる。アスリートや大学側が努力をすることで“近い”存在になることを心がける。

 損得を付けて対応してしまいがちだが、米国では子供から大人まで全ての人が将来ファンや選手になったり、寄付をしてくれる存在になるような可能性を広げ続けている。

合理性を追求する米国スポーツ

“合理性”を追求し続けた結果、スポーツに最適な社会が米国では成り立っている。一方、日本では河田氏も大切にしているという上下関係、言葉遣い、義理と人情が存在する。実はそれがスポーツの発展を阻害するひとつの要因となっているのかもしれない。

 日本がスポーツ産業の規模を高めていくために何が必要かというと、外へ出ていくことも含めて鎖国をやめ、開放的になるべきだと語る。子供たちに練習を公開するなど、良いものを積極的に見せる機会を増やすことが、大きな成長のための壁を取り除く第一歩になるに違いない。

新川諒

著者プロフィール 新川諒

1986年、大阪府生まれ。オハイオ州のBaldwin-Wallace大学でスポーツマネージメントを専攻し、在学時にクリーブランド・インディアンズで広報部インターン兼通訳として2年間勤務。その後ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで5年間日本人選手の通訳を担当。2015年からフリーとなり、通訳・翻訳者・ライターとして活動中。