文=和田悟志
『青トレ』導入に多大な貢献をした高木聖也
©和田悟志 今年の箱根駅伝で3連覇、そして大学駅伝3冠を達成した青山学院大が取り組むフィジカルトレーニングをベースとした『青トレ』は、すっかりその名が知られるようになった。
青学大が、フィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏からコアトレーニングや動的ストレッチなどの指導を受けるようになったのは、2014年4月からのことだ。同年1月の箱根駅伝では5位に食い込む健闘を見せたが、それが過去最高タイの順位。それが翌年の箱根では史上最速記録をマークして、往路、復路、総合と完全優勝を果たすまでに急成長を遂げた。『青トレ』の効果がどれほどのものだったかは、この3年間の青学大の躍進を見れば、改めて説明するまでもないだろう。
3月4日(土)に、湘南T—SITE(神奈川・藤沢市)で、『青トレ』のイベントが行われた。箱根駅伝が終わって2カ月が経っていたものの、青学フィーバーはいまだ衰えず、100人の定員がイベントの告知をしてすぐに埋まったという。
出席者は、中野トレーナーをはじめ、昨年度(2015年度)の主将で5区・山上りで活躍した神野大地(コニカノミルタ)、初優勝時に主務(マネージャー)を務めていた高木聖也氏、今年度(2016年度)主将の安藤悠哉(4年)、同主務の小関一輝(4年)の5人。3連覇を成し遂げた歴代主将、主務が顔をそろえた貴重な機会となった。
「それまで優勝候補にも挙がらなかったのが、実質9カ月で箱根を優勝するまでになりました。それも大会新。中野さんとつながらなかったら99パーセント優勝はなかった。結果がその重要度を示していると思います」
そう話すのが高木氏だ。それまでの常識を変える──青トレをチームに導入するために、多大な貢献をしたのが高木氏だった。
フィジカルトレーナー・中野ジェームズ修一との出会い
原晋監督が、その著書の中やメディア出演時にたびたび話していることだが、青学大は自立を求められるチームだ。“チャラい”イメージを持たれることもあるが、生活面は他校よりも厳しいし、トレーニングについても、この練習がどんな目的があって実施するものなのか、各自が考えて取り組んでいる。
もちろんそれは選手だけでなく、縁の下で支えるマネージャーも同様だ。
実は、『青トレ』以前にも、青学大は体幹トレーニングなど補強トレーニングに取り組んでいたが、それはマネージャーチームが、書籍や雑誌などを参考にして組み立てたものだった。
「当時は、サッカーの長友選手の体幹トレーニングが流行っていたので、それをメインに故障者向けのメニューや体幹メニューを考えて、3パターンくらい作って回していました。それに、普段からやっていた体操やストレッチもありましたし、それらを変えるという発想自体なかったですね」
と高木氏は、青トレ前夜を振り返る。
だが、原監督はもっと踏み込んでフィジカルを強化する必要性を感じていたという。そんなときに、青学大にユニフォームなどを提供しているアディダス経由で、中野トレーナーを紹介してもらうことになった。それが、新シーズンを迎える直前の3月の終わりのことだった。
「有名なトレーナーが来るぞと聞いていたのですが、当時我々は中野さんの存在を知りませんでした。グラウンドに来ていただいて、現状で取り組んでいる補強を見せたのですが、全否定されたんです。そんなに強い言い方ではなかったんですけど、マネージャーなりに考えた補強メニューでしたから、こちらとしても、あまりいい気持ちではありませんでした(笑)」(高木氏)
それが中野トレーナーと青学大駅伝チームとの出会いだった。初回は、具体的なメソッドを教わったわけではなかったが、1つ1つやるべきことの理由を教わった。すると、「もしかしたらこれはいいものなんじゃないかな。取り入れるべきなんじゃないかな」という気がしてきたという。
監督からは「(取り組むべきかどうか)あとはオマエたちで好きにせい」と言われた。そして、マネージャー同士で話し合って、中野トレーナーの事務所に通って、トレーニングのことを学ばせてもらうことに決めた。
「週1くらいで通って教えてもらっていたんですけど、4月末か5月の頭には、原さんに“全部、中野さんに教えてもらうトレーニングに変えたいです”と話をしていました。ようは、当たり前を変えるわけです。体操もストレッチも、それまで取り組んでいたものを全部変えるのですから、最初はエネルギーがいるだろうと覚悟していました。でも、原さんは“いいんじゃない。ダメだったら、戻せばいから”と言ってくれました。それも良かったと思います」
OBもうらやむ『青トレ』はまだ進化の途中
©共同通信2016年の箱根駅伝5区で声援を受け独走する青学大・神野大地
当然最初は苦労があった。結果が出るようになってからは、選手も自主的に取り組むようになったが、当初はどうモチベーションを持たせるか、試行錯誤したという。“自主性”という部分とは相反するが、無理やり選手の練習スケジュールに組み込ませたこともあったそうだ。
また、中野トレーナーにも試行錯誤はあった。アスリートと1対1で向き合うのが、本来はパーソナルトレーナーとしての仕事。数十人もを相手にするのはこれまでにはなかった経験だった。その橋渡しになったのも、マネージャーだ。選手同様に、マネージャーもフィジカルトレーニングを覚え、正しい知識を身につけていった。そして、チーム全体で青トレに取り組む日には、中野トレーナーらをサポートした。
夏合宿などで中野トレーナーに来てもらう日程の調整も高木氏が担った。当然監督が立てる練習メニューもあり、スケジュールのすり合わせには苦労したこともあったという。
裏方の立場ながら、「チームを強くしたい」「勝ちたい」という思いがあったから、そんな苦労もいとわなかったのだろう。そうした裏方の尽力があって、青学大の躍進が始まった。
青トレは、2年目以降も進化している。より複雑な動作やバランスボールなども加わった。
「主務の私からすれば、箱根で優勝できたので良かったんですけど、私たちの同学年の選手は、もっと早く青トレに出会いたかったなと思っていると思います。青学はすごく恵まれた環境にいると思いますね」(高木氏)
と、OBもうらやむのが、今の青学大だ。青トレもまだ進化の途中、青学大の躍進もまだまだ続くかもしれない。
敏腕マネージャーだった高木氏は、今は金融関係の仕事に就いている。その傍ら、学生時代の縁で、アディダスのランニングイベントで市民ランナーの指導をすることもあるという。
「青トレを学ぶことができて、個人的にも、中野さんからは大きな影響を受けました。今、ランニングをしている人たちに、正しい知識を伝えたいという気持ちがあります。青学ではこんなことをやっていますよ、などと実際に試してもらっています」(高木氏)
青トレが、今度は、市民ランナーのスタンダードになることがあるかもしれない。
今回紹介した日本一結果が出ている『青トレ』がわかる
『青トレ 青学駅伝チームのスーパーストレッチ&バランスボールトレーニング』(徳間書店)
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