文=手嶋真彦
スポーツビジネスの常識を覆そうとしている
共同通信 いわきFCの取り組みは革命的だ。革命には困難が付きまとう。クラブ創設1年目の2016年は、どんな高い壁を乗り越えてきたのか? その質問に対する大倉智の反応は、予想に反していた。いわきFCの代表取締役が語ったのは、"手応え"についてだったのだ。
まずは"革命"の話から始めよう。いわきFCの挑戦を革命的と称したくなるのは、日本のスポーツビジネスの常識を覆そうとしているからだ。
従来の日本のプロスポーツは、勝利に多大な価値を置いてきた。勝利によって集客し、勝利によってイメージアップを図り、勝利によって協賛金を集めようとする。
いわきFCが壊そうとしているのは、枠にはまったそんな価値観の持ち方だ。プロスポーツの価値が、たったのそれだけなわけがない。競技だから、勝利はもちろん目指す。しかし、結果は結果にすぎない。大切なのは勝利を追求する過程で、観戦者をどれだけ感動させ、勇気づけ、希望を抱かせるか。大倉は断言する。
「いずれJ1に昇格しても、それは結果にすぎません。スタジアムがいつも満員で、産業として成立するなら、舞台はJ3でも東北1部リーグでも問題ないんです」
いわきFCが革命的に映るのは、勝てなくてもスタジアムを満員にできるスポーツビジネスの新しい姿を追求しているからだ。革命ゆえ、苦労の絶えない1年目になったのではないか。大倉はやんわりその質問を受け流すと、代わりにこんな話をしてくれた。
「いわき市民の皆さんからの共感が、それはすごかったんです。僕らはクラブの掲げるビジョンに焦点を絞って、時間をかけてその意義を訴えました。最初はよそ者への反発もあったんです。でも、情熱を傾けて話をすれば、分かってくれます。実際に分かってくれました」
いわきFCが掲げるビジョンは、「スポーツを通じて、いわき市を東北一の都市にする」だ。何をもって"東北一"とするかの基準があるわけではない。大倉たちが提供しようとしているのは、感動、勇気、希望といった無形の価値で、定量化や測定は難しい。しかし、スタジアムがいつも満員なら、スタンドを埋め尽くすさまざまなファンの表情や声を観察できる。そうした反応こそ、ビジョン達成に向けての掛け替えのない指標と後押しになるはずだ。
「応援していると、元気が湧いてくるんです」
©VICTORY 1年目の挑戦を終えた大倉がたしかな手応えを掴んでいるのは、地域の企業や団体を行脚し、市民の反応をじかに感じてきたからだ。ある晩は男女4人組に声を掛けられた。いわき市内にある飲食店からの帰り際に、2組の老夫婦と会った。大倉が聞いたのは感謝の言葉だった。
「おかげさまで、私たちにも応援できるものができました。応援していると、元気が湧いてくるんです」
そこに暮らす人の心が豊かになれば、都市の幸福度は上がっていくはずだ。東北一というのはある種の掛け声で、いわき市が幸せなまちであればいい。いわきFCの究極の使命、存在意義はそこにある。
2016年は福島県2部リーグを戦った。日本のサッカー界は、プロリーグがJ1、J2、J3、アマチュアリーグがJFL、地域リーグ、都道府県リーグというピラミッドとなっている。東北の地域リーグには1部と2部があるので、福島県2部はJ1から数えて実質8部という計算だ。ただし、詳しい仕組みは割愛させてもらうが、全国規模の大会を2つ勝ち進めば、7部や8部からでもJFLに飛び級できる。2017年は福島県1部を戦ういわきFCにも、4部昇格のチャンスがある。とはいえ、大倉の言動からは少しも焦りが窺えない。勝利や結果を金科玉条とする既存のプロクラブとは、一線を画しているからだろう。大倉のどっしりとした落ち着きは、いわき市や市民と「一緒に歴史を作っていく」という覚悟と、1年目の手応えの表われだ。
大倉は実感したと言う。地域を豊かにするという明確なビジョンを前面に押し出せば、むしろゼロからのスタートだからこそ、浸透していくのも速い。地元の企業が大半を占めるスポンサーからの協賛金も、ファンクラブの会員数も、1年目は目標をクリアできた。いわき市民35万人のうち、いわきFCの存在を知らない人がどれだけいるか――。逆風に立ち向かうどころか、順風満帆なのだ。スポーツビジネスをこれから手掛ける後続のチャレンジャーたちにとって、いわきFCはすでに優良なモデルになりつつある。(文中敬称略)